なでなで……と、わらわの頭を無遠慮に撫でる勇者の手を、ばしり、と払いのける。
「ぇえーい、わらわを殺した手で触れるなっ! バッカか、お主は?! 一度倒した魔王を復活させる勇者がどこにおる!」
「ここにいる!」
どーん、と効果音が聞こえてきそうなくらい堂々と胸を張るなっ!
「おい、そこの聖女もなんとか言ってやれ。というより、聖女も聖女じゃ。魔王を復活させて何を企んでおる。国家反逆罪として追放されてもおかしくない行為じゃぞ! 追放じゃぞ、追放! それでもよいのか?!」
わらわが人差し指をさすと、聖女が斜め下を向き、ぽっと頬を赤く染める。
「……約束を、しましたから」
「何の約束じゃ?」
聖女の視線がちらちらと恥じらうように勇者を見る。
「その……結婚……すると…………」
「はぁ?!」
勇者の顔を見る。何やら難しい顔で考え込んでいるが、否定しないところを見るとどうやら真実らしい。
「そ、そうじゃ。獣人娘が黙ってはおらぬはずっ。あの軟派なエルフ男もじゃっ! あやつらは何と言っておる」
その時はじめて聖女の表情に影が射した。
「消えてもらいました」
「こ、殺したのかっ?!」
「……というのは冗談で♡ あの二人には内緒です♡」
きゃぴ♡ という効果音が似合いそうな仕草で聖女がのたまう。
あほや、こいつら。
「そんなもの、すぐばれるに決まって……」
「ですから、バレないように、マオさんには別人になってもらいます」
「はぁ? 別人になるって、そんなことどうやって……」
ここに、と言って聖女が何本もの巻物を取り出してベッドの上へ並べる。
「こ、これは……」
「さあ、お好きな
巻物の一つを手に取り開いてみると、そこには髪と目の色かたち、顔かたちを変える変身魔法が施されている。いわゆる変身スクロールだ。
わらわは、それらの巻物をすべて開き、隅から隅まで目を光らせる。
「うーむ……巨乳はないのか」
「………………ありません」
ちっ。やはりチチをでかくする魔法を編み出すしかないか……っていや別に、わらわはチチがなくとも美貌と魔力があるから問題ないのじゃ!
とりあえず適当な巻物を選び、手をあてる。そこから光があふれだし、わらわの身体を包み込んだ。
変身したわらわの姿を見て、勇者が目を細める。
「紫か……マオの好きな色だったな」
「そうだったか?」
自分では意識したことがないのでわからない。
「こちらへ来て、鏡で見てみますか」
聖女に促されて、ベッドを降り、部屋の隅に置かれた立ち鏡の前へ立つ。
そこには、ウェーブがかった青紫色の長い髪が腰まで広がり、アメジストの瞳をもつ清純そうな愛らしい少女がいた。人族でいうと十五、六歳ほどだろうか。
うむ、可愛さは前とさほど変わらないようだ。
チチはもうちょっとあった気がするが…………って、んん?!
わらわが今着ているのは、火鼠の毛皮で作った黒いローブ。ドラゴンの吐く火すら通さないという優れものだ。ローブのちょうど左胸の位置に、刃物で切り裂いたような穴が縦に開いていた。その隙間から、つるんと卵の白身を思わせる小山が見える。
「な・な・な・な……っ!」
かっと身体が熱くなる。
「さすがに破れた服までは修繕できませんので、こちらに用意した新しいお洋服に着替えてくださいね」
わらわの動揺を察した聖女が、手早く新しい服を渡してくれる。どうりで胸元がすーすーすると思っていた。
その時、はたと鏡越しに勇者と目があった。にっこり悪意のない笑みを浮かべて鏡を見ている。
「この……へんたーいっ! とっとと部屋を出ていけーっ!!」
わらわは、そこに置いてあった木の椅子を持ち上げて、勇者へ向かってぶん投げた。
勇者は、それを難なくキャッチし、わらわが届かない位置へやる。
「わわ、なんだよもう~……大して隠すほどないだろ~」
勇者が笑いながら頭をかき、部屋を出ていこうとする。その無防備な背中を見て、わらわの中に殺意が芽生えた。
こいつ、殺していい?