「うん、よく似合うわよ♪ サイズもぴったりね」
聖女が用意してくれた服は、白いブラウスに赤紫色のスカート。腰のあたりでコルセットベルトを締めた。その上から濃い紫色のローブを羽織る。
前に持っていたローブも気に入っていたのだけど、こちらも勇者たちとの戦いでボロボロになってしまっていた。
わらわの背後で、聖女が満足そうに笑っている。思わずため息をついた。
「はぁ……わらわが魔王として、お主らの寝首を掻くとは思わないのか」
あら、と聖女が鏡ごしに意外そうな目でわらわを見る。
「そんなことをするつもりなら、とっくにそうしているでしょう。ま、その時は……殺される前に、私があなたを殺して差し上げますわ♡」
聖女は、わらわの両肩に手を置き、肩にあごを乗せてほほ笑んだ。その手には、しっかり聖杖エターナルロッドが握られている。
そういえば、今わらわは丸腰だ。持っていたロッドは、勇者との戦いで破壊されてしまった。
ロッドはなくとも魔法くらい使えるが、今の聖女を倒すことは難しい。それに、今のわらわは魔力がすっからかんのようだ。復活したばかりだからだろうか。
両の掌をぐっぱぐっぱして自分の身体を確かめていると、遠くから誰かの怒鳴り声が聞こえた。……なんだか嫌な予感がする。
だだだだっ……、と凄まじい音を立てて何かがこちらへ近づいてくる。
「あっ、そうそう。仕上げにこれも」
聖女が思い出したように透明な小瓶を取り出して、しゅーっ、と中身をわらわに向けて吹き掛けた。
「げほっ、ごほっ……なにをするっ」
これは……ラベンダーの匂いだ。香水だろうか? でも、なぜ香水などを……と思ったものの、考える暇もなく部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
ばんっ!
「おいっ! よくもあたいらを魔王城に置いてったな!? みぞおちを殴っていくたぁ一体どういうことだ! ことによっちゃあ……ただじゃおかねぇぜ……」
ごきっ、ごきっ、と指を鳴らして現れたのは、赤い髪の獣人娘だった。
「まぁ! 無事だったのね、よかったわぁ」
「こんのクソ聖女! よかったわぁ~……じゃ、ねぇ! てめぇが振り向きざまに、あたいの腹に杖の先を当てたのをちゃんとこの目で見てんだよ! 一体どういうことだっ!」
獣人娘は、噛みつく勢いで聖女に向かって怒鳴っている。
『あの二人には内緒です♡』と聖女が言っていたのは、そういうことだったのか。
そこまでして勇者と結婚したかったのか……聖女よ。
「ごめんなさい~……あなたのお腹に、吸血スライムがくっついていたからぁ~」
聖女が青い瞳をうるませて、獣人娘に訴える。
吸血スライム? ……ああ、確かでっかいミミズみたいなやつか。暗くてじめじめした場所によく出るのだ。
……って、そんなあからさまな嘘に騙されるやつがいるものか。
それを聞いた獣人娘の顔色がさっと変わる。どこか気まずそうに視線を泳がせてから俯く。
「そ、そうか。そうだったのか……いや、疑って悪かったな」
って、信じとるーーーっ!!
いやいや、騙されすぎじゃろうっ!!
聖女は、清らかな笑顔で「わかってくれればいいのよ」とのたまう。
こいつら……やっぱ、あほや。
そこへ、獣人娘が開け放ったままだった扉から、耳の長いエルフ男が息を切らせて現れた。
「おいっ、大丈夫か! 急に目の前が真っ暗になって……気が付いたら魔王城で倒れていたんだ。目が覚めたら、お前らはいないし、魔物にでも食われちまったのかと……」
わらわは聖女を見る。しかし、聖女はきょとんとした顔をしたままだ。
すると、勇者がエルフ男の後からひょっこり顔を出して、頭をかいた。
「あっ、わりぃ。急に
勇者の顔は、明らかに引きつっている。嘘だとバレバレだ。
さすがにエルフ男は騙されないだろう……。
するとエルフ男が、はっとした表情をする。
「そうだったのか……それなら仕方ないな。間に合ってよかったよ」
って、お前もかーーーっ!!