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第5話 聖女と勇者の嘘

「うん、よく似合うわよ♪ サイズもぴったりね」


 聖女が用意してくれた服は、白いブラウスに赤紫色のスカート。腰のあたりでコルセットベルトを締めた。その上から濃い紫色のローブを羽織る。


 前に持っていたローブも気に入っていたのだけど、こちらも勇者たちとの戦いでボロボロになってしまっていた。


 わらわの背後で、聖女が満足そうに笑っている。思わずため息をついた。


「はぁ……わらわが魔王として、お主らの寝首を掻くとは思わないのか」


 あら、と聖女が鏡ごしに意外そうな目でわらわを見る。


「そんなことをするつもりなら、とっくにそうしているでしょう。ま、その時は……殺される前に、私があなたを殺して差し上げますわ♡」


 聖女は、わらわの両肩に手を置き、肩にあごを乗せてほほ笑んだ。その手には、しっかり聖杖エターナルロッドが握られている。


 そういえば、今わらわは丸腰だ。持っていたロッドは、勇者との戦いで破壊されてしまった。


 ロッドはなくとも魔法くらい使えるが、今の聖女を倒すことは難しい。それに、今のわらわは魔力がすっからかんのようだ。復活したばかりだからだろうか。


 両の掌をぐっぱぐっぱして自分の身体を確かめていると、遠くから誰かの怒鳴り声が聞こえた。……なんだか嫌な予感がする。


 だだだだっ……、と凄まじい音を立てて何かがこちらへ近づいてくる。


「あっ、そうそう。仕上げにこれも」


 聖女が思い出したように透明な小瓶を取り出して、しゅーっ、と中身をわらわに向けて吹き掛けた。


「げほっ、ごほっ……なにをするっ」


 これは……ラベンダーの匂いだ。香水だろうか? でも、なぜ香水などを……と思ったものの、考える暇もなく部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。


 ばんっ!


「おいっ! よくもあたいらを魔王城に置いてったな!? みぞおちを殴っていくたぁ一体どういうことだ! ことによっちゃあ……ただじゃおかねぇぜ……」


 ごきっ、ごきっ、と指を鳴らして現れたのは、赤い髪の獣人娘だった。


「まぁ! 無事だったのね、よかったわぁ」


「こんのクソ聖女! よかったわぁ~……じゃ、ねぇ! てめぇが振り向きざまに、あたいの腹に杖の先を当てたのをちゃんとこの目で見てんだよ! 一体どういうことだっ!」


 獣人娘は、噛みつく勢いで聖女に向かって怒鳴っている。


 『あの二人には内緒です♡』と聖女が言っていたのは、そういうことだったのか。


 そこまでして勇者と結婚したかったのか……聖女よ。


「ごめんなさい~……あなたのお腹に、吸血スライムがくっついていたからぁ~」


 聖女が青い瞳をうるませて、獣人娘に訴える。


 吸血スライム? ……ああ、確かでっかいミミズみたいなやつか。暗くてじめじめした場所によく出るのだ。


 ……って、そんなあからさまな嘘に騙されるやつがいるものか。


 それを聞いた獣人娘の顔色がさっと変わる。どこか気まずそうに視線を泳がせてから俯く。


「そ、そうか。そうだったのか……いや、疑って悪かったな」


 って、信じとるーーーっ!!


 いやいや、騙されすぎじゃろうっ!!


 聖女は、清らかな笑顔で「わかってくれればいいのよ」とのたまう。


 こいつら……やっぱ、あほや。


 そこへ、獣人娘が開け放ったままだった扉から、耳の長いエルフ男が息を切らせて現れた。


「おいっ、大丈夫か! 急に目の前が真っ暗になって……気が付いたら魔王城で倒れていたんだ。目が覚めたら、お前らはいないし、魔物にでも食われちまったのかと……」


 わらわは聖女を見る。しかし、聖女はきょとんとした顔をしたままだ。


 すると、勇者がエルフ男の後からひょっこり顔を出して、頭をかいた。


「あっ、わりぃ。急にさ~。町まで急いで帰ったんだ。いやーもうちょっとでつくっちまうとこだったわーはっはっはー」


 勇者の顔は、明らかに引きつっている。嘘だとバレバレだ。


 さすがにエルフ男は騙されないだろう……。


 するとエルフ男が、はっとした表情をする。


「そうだったのか……それなら仕方ないな。間に合ってよかったよ」


 って、お前もかーーーっ!!

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