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第6話 ラベンダーの魔女

 双方、誤解(?)がとけたところで、獣人娘がわらわに気付いた。眉間にしわを寄せて、こちらへ指を向ける。


「おい、ところでそいつ……」


 どきっとした。まさか正体がバレたのかっ?!


 獣人娘は、鼻が効く。きっとわらわ達の匂いを辿ってここまで来たのだろう。見た目は変わっても、匂いでわらわが魔王だと気付かれてしまうのではないか!?


 くんくん、と獣人娘が鼻をわらわに近づけて……ぎょっとした顔で鼻をつまんだ。


「くっせぇ~~~~! あんだ、この臭いはっ」


 あ、香水効果ね。さっき聖女がわらわにラベンダーの香水をふりかけたのは、このためか。なるほど助かったわ~…………でも、なんか腹立つ。


「やだわ、失礼よ。こちらのラベンダーの魔女さんが、私たちを助けてくれたの」


「助けた? トイレでも貸してくれたっていうのか」


「そうだ」「ちがうわ」


 勇者と聖女の声が重なった。はっとした顔で二人が互いを見合う。


 どことなく聖女の声に力が入っていたように聞こえたが、気のせいだろうか。


「え?」


 獣人娘は、どういうことかと渋い顔をしている。そりゃそうだ。


「俺たちにトイレを貸してくれたんだ」

「魔物に襲われていた私たちを助けてくれたのよ」


 また被る。


 おいおい、嘘をつくならちゃんと口裏合わせておけよっ。


 獣人娘は、困った表情で二人を見比べて、頭をかいている。


「あー……そうか。それは仲間が世話になったな。礼をいう」


 信じるんかーいっ! いやちょっとは疑えよ! 考えろよっ!


 この筋肉ばかっ!!


 …………いや、そのおかげで助かっているのだけど。


「おい、そこの君っ」


 エルフ男が怖い顔をしてわらわを睨んでいる。


 お? まさかエルフ男は、わらわの正体に気付いたというか?


 つかつかとエルフ男がわらわに近づく。そして、真剣な表情で口を開く。


「君、付き合っている彼氏とかいる?」


 ずこーっ!! なにクドイとんじゃ、われぇ~~~!


 そうだ。こいつは、こういうやつなのだ。エルフ特有の綺麗な顔をして、大の女好き。わらわも何度口説かれたことか……。


「いえ、いませんけど……」


 ぼろが出ないよう、表情筋をひきしめて、ちょっと声高に答える。変身スクロールの魔法に、声までは含まれていなかったようだ。


「そうか! では是非、僕と結婚前提にお付き合いを……」


 どかっ! ……と、獣人娘がエルフ男の足を蹴る。


 エルフ男が足をおさえて、目に涙を浮かべながら獣人娘をにらむ。


「いってぇな、おいっ! 何すんだ、このメスライオン!」


「ライオンじゃねぇ! チーター様だ! この美しい黒斑点が目に入らねぇのかっ! 貴様の目はモグラか!」


「エルフだ! 高貴な森の貴人だぞ! モグラと一緒にするなっ。もっと敬え!」


 いや、モグラに失礼だろっ。モグラさんに謝れっ。


「〝人〟じゃなくて〝人〟の間違いだろっ! 敬ってほしけりゃ、それ相応の態度をとってみやがれっ! 女なら誰でもいいのかよっ、見境なく発情してんじゃねぇ!」


「お前みたいに乱暴な男女は、お断りだっ!」


「あーあーよかったよ! てめぇなんざ、こっちから願い下げだね!!」


『アクア』


 ヒートアップする二人の頭上がぴかりと光り、大量の水が落ちてくる。びしょ濡れになった二人は、両目をぱちくりさせて口を閉じた。


「二人とも、ちょっと静かにしましょうか。他のお客さんたちに迷惑だわ」


 そう言って二人の暴走を止めたのは、聖女のほほ笑み。


 あまりにもいつも通りのやりとりに、わらわは思わず声を立てて笑ってしまった。


「あはははは……っ」


 はっ、と気が付くと、みんながきょとんとした顔でわらわを見ていた。しまった。つい油断してしまった。


「……あ、ごめんなさい」


 慌てて声を取り繕い、口元を抑えて目を伏せる。


 なるべくキャラも前と変えておいたほうがいいだろう。


「いや、あたいはべつに……」「笑った顔も美しい……」


 ぎろっ、と獣人娘がエルフ男をにらむ。でも、そこまで。


 聖女のほほ笑みは、最後のだからだ。


「さあ、みんな。王都へ帰りましょう。王様が私たちを待っているわ」


 獣人娘とエルフ男、そして勇者が頷く。


 そして、聖女が最後にわらわを見た。


「ラベンダーの魔女さんも」


 …………え、わらわも?

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