双方、誤解(?)がとけたところで、獣人娘がわらわに気付いた。眉間にしわを寄せて、こちらへ指を向ける。
「おい、ところでそいつ……」
どきっとした。まさか正体がバレたのかっ?!
獣人娘は、鼻が効く。きっとわらわ達の匂いを辿ってここまで来たのだろう。見た目は変わっても、匂いでわらわが魔王だと気付かれてしまうのではないか!?
くんくん、と獣人娘が鼻をわらわに近づけて……ぎょっとした顔で鼻をつまんだ。
「くっせぇ~~~~! あんだ、この臭いはっ」
あ、香水効果ね。さっき聖女がわらわにラベンダーの香水をふりかけたのは、このためか。なるほど助かったわ~…………でも、なんか腹立つ。
「やだわ、失礼よ。こちらのラベンダーの魔女さんが、私たちを助けてくれたの」
「助けた? トイレでも貸してくれたっていうのか」
「そうだ」「ちがうわ」
勇者と聖女の声が重なった。はっとした顔で二人が互いを見合う。
どことなく聖女の声に力が入っていたように聞こえたが、気のせいだろうか。
「え?」
獣人娘は、どういうことかと渋い顔をしている。そりゃそうだ。
「俺たちにトイレを貸してくれたんだ」
「魔物に襲われていた私たちを助けてくれたのよ」
また被る。
おいおい、嘘をつくならちゃんと口裏合わせておけよっ。
獣人娘は、困った表情で二人を見比べて、頭をかいている。
「あー……そうか。それは仲間が世話になったな。礼をいう」
信じるんかーいっ! いやちょっとは疑えよ! 考えろよっ!
この筋肉ばかっ!!
…………いや、そのおかげで助かっているのだけど。
「おい、そこの君っ」
エルフ男が怖い顔をしてわらわを睨んでいる。
お? まさかエルフ男は、わらわの正体に気付いたというか?
つかつかとエルフ男がわらわに近づく。そして、真剣な表情で口を開く。
「君、付き合っている彼氏とかいる?」
ずこーっ!! なにクドイとんじゃ、われぇ~~~!
そうだ。こいつは、こういうやつなのだ。エルフ特有の綺麗な顔をして、大の女好き。わらわも何度口説かれたことか……。
「いえ、いませんけど……」
ぼろが出ないよう、表情筋をひきしめて、ちょっと声高に答える。変身スクロールの魔法に、声までは含まれていなかったようだ。
「そうか! では是非、僕と結婚前提にお付き合いを……」
どかっ! ……と、獣人娘がエルフ男の足を蹴る。
エルフ男が足をおさえて、目に涙を浮かべながら獣人娘をにらむ。
「いってぇな、おいっ! 何すんだ、このメスライオン!」
「ライオンじゃねぇ! チーター様だ! この美しい黒斑点が目に入らねぇのかっ! 貴様の目はモグラか!」
「エルフだ! 高貴な森の貴人だぞ! モグラ
いや、モグラに失礼だろっ。モグラさんに謝れっ。
「〝
「お前みたいに乱暴な男女は、お断りだっ!」
「あーあーよかったよ! てめぇなんざ、こっちから願い下げだね!!」
『アクア』
ヒートアップする二人の頭上がぴかりと光り、大量の水が落ちてくる。びしょ濡れになった二人は、両目をぱちくりさせて口を閉じた。
「二人とも、ちょっと静かにしましょうか。他のお客さんたちに迷惑だわ」
そう言って二人の暴走を止めたのは、聖女のほほ笑み。
あまりにもいつも通りのやりとりに、わらわは思わず声を立てて笑ってしまった。
「あはははは……っ」
はっ、と気が付くと、みんながきょとんとした顔でわらわを見ていた。しまった。つい油断してしまった。
「……あ、ごめんなさい」
慌てて声を取り繕い、口元を抑えて目を伏せる。
なるべくキャラも前と変えておいたほうがいいだろう。
「いや、あたいはべつに……」「笑った顔も美しい……」
ぎろっ、と獣人娘がエルフ男をにらむ。でも、そこまで。
聖女のほほ笑みは、最後の
「さあ、みんな。王都へ帰りましょう。王様が私たちを待っているわ」
獣人娘とエルフ男、そして勇者が頷く。
そして、聖女が最後にわらわを見た。
「ラベンダーの魔女さんも」
…………え、わらわも?