結局、わらわも勇者一行について王国へ凱旋することになった。
魔王が凱旋かぁ~……って、んなアホな!
そう思って断ろうとしたが、聖女のほほ笑みがわらわを脅すのだ。
――てめぇ、断ったら正体ばらすからな、ん?
……と。もちろん声に出してはいない。顔にそう書いてあるのだ。
もし、わらわの正体をばされたら、獣人娘やエルフ男が黙っていない。それこそ勇者の光の剣と、聖女の聖杖に今度こそ……いや、
よく考えてみれば、魔王を復活させた聖女としては、このままわらわを野放しにする気はないのだろう。
わらわとしては、今更どうこうするつもりもない。一度、勇者に負けた身だ。できることなら、残りの人生を平穏に生きていきたいとは思う。具体的にどうしたらいいのか……まださっぱりわかっていないけれども。
王都までは、
勇者が石柱に手を触れて「王都」と呟く。すると、二本の石柱の間に光の扉が現れた。ここを通れば、王都はすぐ目の前だ。
「ちょっと待て。あたいは、やっぱりどうしても納得がいかない。どうして、魔王を退治していないラベンダーの魔女なんかを一緒に連れていくんだ?」
獣人娘が
ふっ、ようやく気付いたか。その勘は間違っていない。
「何を言っているんだ。世の中の女は全員敬われるべきだ」
お前が何を言っているんだ、エルフ男っ。こやつ、顔は綺麗なくせして女のことしか考えていないな。
魔王城でエルフ男は、わらわに向かって『だから俺は、こんな素性の知れないやつをパーティに入れるのは反対だったんだ』とかのたまっておらんかったか?
この二枚舌めっ。
「ラベンダーの魔女さんは、私たちが危ないところを助けてくれたのよ」
聖女がフォローするも、獣人娘は納得がいかない顔をしている。
わらわも、出来れば王都へ行くのは遠慮したい。獣人娘とエルフ男は騙せても、王都にいる魔法使い軍団や王様たちを騙せる保障はないからだ。
もし、わらわの正体が魔王だとバレてしまったら、わらわだけでなく、勇者たちまでもが国家の敵としてみなされるだろう。よくて追放、悪くて処刑という可能性だってある。
「それはわかってる。でも…………こいつは、あたいたちの
獣人娘がわらわを見る。顔は怒っているように見えるが、彼女の茶褐色の瞳は、悲し気だ。わらわを責めているというよりは、自分の中にあるもどかしい気持ちを、どうやって伝えようかと悩んでいるように思えた。
「ラベンダーの魔女には悪いんだけどさ。あたいらの仲間にもう一人、魔法使いがいたんだ。でもそいつ、魔王との戦いで死んじまって……」
獣人娘の表情がくもる。
魔法使いとは、わらわのことだろう。『魔王との戦いで……』という説明も、間違ってはいない。ただ、『魔王だった』と言わなかったのは、まだ〝ラベンダーの魔女〟としてのわらわを信用していないからか、それとも……。
「そこに空いた穴を無理やり埋めるみたいでよ。……なんか嫌なんだ」
そう言った獣人娘が、わらわには、ふてくされた大きな猫のように見えた。
勇者が戸惑ったように口を開く。
「魔法使いのことを怒っていたんじゃないのか?」
「そりゃ、怒ってるよ! むかつくさっ! 大事な秘密をずっと一人で抱えていたんだ。仲間だと思っていたのに……あたいたちは信頼されてなかった……それが悔しいんだっ」
なぜだろうか、胸のあたりがぎゅっとする。まさか吸血スライムか? ……と思って下を向く。……大丈夫だ、なんともない。
「あいつのことだ。きっと俺たちに負担をかけたくなかったんだろう」
勇者め、適当なことを……まぁずっと迷っていたのは確かだ。それが戦いにも表れてしまったのは、我ながら迂闊だったな。
「それでも! それでもあたいは話してほしかったよ。仲間なんだから。話してくれれば、なんとか助けになれたんじゃないかって……それに、気付けなかった自分にも腹が立つんだ」
獣人娘の目に涙があふれる。
そうか、そんなふうに思ってくれていたのか……知らなかった。
獣人娘……わらわは、ここにいるぞ!
……と、正体を明かしてやれたら良かっただろうか。
…………いや。十中八九、大乱闘になるな。やっぱ黙っとこう。
勇者がわらわを気にして、ちらっとこちらへ視線をやる。そして、獣人娘に向かって頷いて見せた。
「そうか……気持ちはよくわかったよ。それならこうしよう。魔法使いの功績は、ちゃんと王様に伝える。その上で、彼女のことも俺たちを助けてくれた人として紹介するのはどうかな」
勇者の提案に、獣人娘が涙をぬぐう。
「……わかった。それなら、いい」
いいのか。案外あっさりだな。もうちょっと粘ってほしかったが……。
「さあ、それじゃあ王都へ出発しよう」