なぜ、わらわはこのような場所にいるのだろうか。
王の間とやらへ通されてみれば、髭を生やした偉そうなおっさんが玉座に座って、ふんぞり返っている。
あれがこの国の王様だろうか。わらわは旅の途中で勇者と出逢ったゆえに、王様とはこれが初対面だ。
「勇者よ、よくぞ魔王をたおしてくれた。褒美はいくらでもとらせようぞ」
偉そうなおっさん――もとい王様の隣には王妃様が、そして、その隣には王妃様によく似た王女様が座っている。歳は、人族でいうと十五、六歳くらいだろうか。頬を赤らめて、勇者をじっと見つめている。
「俺ひとりの力ではありません。ここにいる……仲間たちがいたからこそ、魔王を倒すことができたのです」
魔王、ここにいるけどなっ。
勇者が力強い声で、仲間の一人一人を紹介していく。
「聖女――イリーナ。月の女神セレーヌの加護を受け、聖なる御力を使い、俺たちの傷を癒してくれました」
「勇者さま……素敵ですわ♡」
……聖女の目には、勇者の姿しか見えていないようだ。
「チーター族の獣人――ナンナ。俊敏な動きと鋭い爪で先陣を切り、
「おい、飯はまだか?」
獣人娘……お主さっき街で買った骨付き肉を食ったばかりではないか。
「エルフの――」
「だまれ、獣人女っ。飯より、女が先だ」
「お前が〝だまれ〟だ、エルフ男っ!」
王様の御前で口喧嘩を始める獣人娘とエルフ男。
ごほんっ、と勇者が仕切り直して、エルフの紹介を飛ばす。
「ラベンダーの魔女――彼女は、魔王城から脱出するのを手伝ってくれたのです」
国王がわらわに視線を向けて、
「そうか、それは大儀であったな。感謝する」
本当は何もしていないけどなっ。ってか王様、本当にわらわの正体に気付いていないのじゃろうか。まさか油断させておいて、あとから毒酒を飲まされるオチじゃなかろうな。
「最後に……今この場にはいませんが、魔法使いが俺たちの旅に同行してくれていました。彼女の魔法は、とても強力で、俺たちの旅を助けてくれました」
勇者は、獣人娘との約束を守ってくれたようだ。
わらわは、獣人娘を盗み見た。さっきまで食い物のことしか口にしていなかったのに、ぐっと何かに堪えるような顔で口を引き結んでいる。
「ほぅ……それは興味深い。して、その魔法使いとは、どこにおるのだ?」
「残念なことに……魔王城で尊い犠牲となりました」
勇者が目元を抑えて俯く。顔を上げていれば、嘘がばれるからだろう。
「ですから、魔法使いの功績を認めてやってほしいのです」
「それは実に惜しいことをした。我が王国の魔法使い長が悔しがることだろう。心得た。魔法使い殿の功績も碑文に残そう」
王様が「よっこらせ」と言いながら玉座から腰をあげる。それに合わせて、王妃様と王女様も席を立つ。
「勇者一同よ、国を代表して感謝する」
勇者一行は、王の間に集まっていた兵士や側近らから、拍手喝采を浴びた。
……ほんとうに、わらわは何故ここにいるのだろうか。
***
その夜、勇者の魔王討伐を祝して、城内で盛大な晩餐会が開かれた。
勇者は、王侯貴族らや貴族令嬢たちから囲まれて武勇伝を語っている。
聖女は、そんな勇者の方を気にしつつも、貴族令息たちから囲まれて頬を染めている。
獣人娘は、乾杯する前から料理を食べる手が止まらない。
エルフ男は……予想を裏切ることなく、貴族令嬢たちの尻を追い掛けている。
わらわは、ひとりぽつねんと居場所を求めてバルコニーへ出た。
夜の風が、ワインで火照った頬に心地よい。
城下では、魔王が死んだことを喜ぶ民たちで溢れていた。街をあげてのお祭り騒ぎだ。歌や踊りに笑い声……ここまで彼らの喧騒が聞こえてくる。真っ暗な夜空の下、煌々と焚かれた松明のあかりが目に痛い。
あれはみんな、わらわが死んで喜んでおるのか……。
わらわは本当に、生き返ってもよかったのだろうか…………。
その時、わらわの背後から、誰かが近づいてくる気配がして振り返った。
「お主は……」