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第2話:ハムスター勇者と雑魚認定

 門番の兵士に案内されるまま、俺とポンタは街の中へと足を踏み入れた。城門をくぐった瞬間、それまでの静かな草原とは打って変わって、活気ある喧騒が耳に飛び込んでくる。  

 石畳の道がどこまでも広がり、行き交う人々のざわめきが響き渡る。道端には色とりどりの露店が軒を連ね、焼きたてのパンの甘い香りと、香ばしい肉串の匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐる。通りを行く人々は、異国の衣装を身につけ、活気に満ちた表情をしている。

 まさに、これまでゲームや小説でしか見たことのなかった異世界の都市そのものといった雰囲気だった。

「……うむ、良い匂いだな」

 俺の頭の上で、ポンタが小さな鼻をヒクヒクさせながら、じっと肉串を売る屋台を見つめている。そのつぶらな瞳は、まるで獲物を狙う猛獣のように真剣だ。

「おい、俺の髪の毛にヨダレ垂らすな」

 思わず声をかけると、ポンタは「ハッ!」とばかりに顔を上げた。

「ぐぬぬ……だが食料の確保は重要な任務……! 腹が減っては戦ができぬ、と神も申しておったぞ!」

「いいから、まずは冒険者ギルドに行くぞ! 腹ごしらえはその後に回せ!」

 俺はポンタの食い意地をなんとか振り切り、人の波をかき分けるようにして通りを歩き始めた。


 しばらく歩くと、ひときわ目を引く立派な石造りの建物の前にたどり着いた。壁には蔦が絡まり、重厚な木製の扉には、大きく「冒険者ギルド」と力強く刻まれた看板が掲げられている。

 意を決して重い扉を開けると、中は広々としたホールになっており、数多くの人々で賑わっていた。中央には大きなカウンターがあり、その奥では職員らしき女性たちが、冒険者たちの依頼をテキパキと処理している。

 周囲には、巨大な剣を背負った屈強な戦士や、複雑な紋様が施されたローブを羽織った魔法使い風の男たち、あるいは俊敏そうな盗賊らしき者たちがいて、各々が談笑したり、壁に貼られたクエスト掲示板を熱心に眺めたりしていた。まさしく、俺の求めていた「異世界の冒険の始まり」がここにある、という実感が込み上げてきた。

「おお……! これだよ、俺の求めていた異世界の冒険の始まりってやつは!」

 テンションが上がった俺は、興奮を隠しきれないまま、意気揚々とカウンターへ向かった。そこには、金色の髪をなびかせた、笑顔の美しい受付嬢がいた。

「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録希望ですか?」

 彼女の澄んだ声が心地よく響く。

「はい! 冒険者登録をお願いします!」

「かしこまりました。それではお名前を伺ってもよろしいでしょうか……」

 受付嬢が俺に視線を向けるのと同時に、俺の頭の上でポンタがピョンと元気よく飛び跳ねた。そして、その小さな体を震わせながら、まるで主役は自分だと言わんばかりに声を張り上げた。

「よし、頼んだぞ人間よ! 我の名はポンタ! 真の転生勇者である!」

「……はい?」

 受付嬢の動きがピタリと止まった。彼女の笑顔は消え、困惑した表情に変わる。

「だから、我こそが勇者ポンタ! この世界の全てを救う者! 冒険者登録を頼むぞ!」

 その場にいた全員の視線が、一瞬で俺とポンタに集中した。ホールに響いていたざわめきが嘘のように静まり返り、ゴツい戦士も、杖を持った魔術師も、全員が固唾を飲んでポンタを見つめている。

「……ハムスター?」

「ハムスターが……勇者?」

 沈黙の後、ざわ……っと場内がどよめき始めた。ひそひそ声が広がり、やがてクスクスという笑い声が漏れ出す。

「いや、ちょっと待てポンタ。勇者なのはお前だけど、さすがに冒険者登録は無理だろ」

 俺は慌ててポンタをなだめる。この状況はまずい。完全に不審人物扱いだ。

「何を言うか! 我は勇者なのだぞ? ならば当然、冒険者になれるはず!」

 ポンタは俺の頭の上で、まるで自分だけが正しいとでも言いたげに、不満そうに腕を組んだ。いや、前足だけど。

「いやいや、お前どうやって武器持つんだよ! その小さな手で剣を握るのか!?」

「ふむ……確かに剣は持てぬが、我には神から授かった『勇者スキル』があるのだ!」

 ポンタはそう言うと、その小さな体に一瞬、まばゆい金色の光が宿った。

 勇者スキル《ミラクルバイト》が発動可能になりました

俺の頭の中に、まるでゲームのシステムメッセージのような声が響いた。

「ミラクルバイト!? なんか強そう!」

 思わずそう呟くと、ポンタは得意げに胸を張った。

「ふふん、我の噛みつきは神に選ばれた力なのだ! 世界を闇から救う、最強の歯牙である!」

 しかし、場内の冒険者たちはポカンとした顔のまま、しばらく沈黙した後。

「「「ハハハハハハハ!!」」」

 全員が一斉に大爆笑し始めた。ホールの壁に、乾いた笑い声が響き渡る。

「おいおい、あの毛玉が勇者だと!? ハムスターの噛みつきがスキルだと!? ハハハハ!」

「いや、これは新しいな……お前のペットか? 面白い冗談じゃないか! いや、傑作だ!」

 屈強な戦士たちは腹を抱えて笑い、魔法使いらしき男は杖を支えにして肩を震わせている。

「くっ……何が可笑しい!?」

 ポンタは憤慨して、まるで風船のようにぷくーっと体を膨らませた。しかし、その姿すら、彼らには可愛らしく、さらに笑いを誘うだけだった。確かに俺もどう反応していいかわからない。

 すると、受付嬢がクスリと微笑みながら言った。その笑顔は、どこか優しげで、俺たちをからかっているようでもあった。

「すみません、基本的にペットの登録はできないのですが……もしもあなたのような『従者』が代理として登録するなら、一緒に活動できるかもしれませんね?」

「……つまり、俺が登録して、お前は俺の連れってことにするしかないってことだな?」

 俺は観念してそう確認すると、ポンタは不満げに「むぅ……」と唸った。

「むぅ……仕方ない! では従者よ、我の代理として登録するがよい! 我の勇者たる力、しかと世界に知らしめるのだ!」

「なんで俺が従者なんだよ!」

 俺の異世界での冒険者としての道は、まさかの「勇者の付き人」という微妙な立場で始まることになった。


 俺は結局、ポンタの「従者」という名目で、冒険者登録をすることになった。

「では、冒険者登録の手続きを進めますね。」

 受付嬢が微笑みながら、手元の紙とペンを用意する。彼女の指先が、流れるように書類を準備していく。

「お名前をお願いします。」

「えっと、俺はリュウガです。」

「リュウガ様ですね。かしこまりました。では、次に職業の登録ですが……」

「職業?」

「はい。冒険者は基本的に職業を登録することができます。剣士、魔法使い、盗賊、僧侶など、お好きなものをお選びください。ギルドに登録されている職業でしたら、どれでも構いません。」

 おお、これはゲームっぽくてテンション上がるな! RPGの主人公になった気分だ。俺は前衛でガンガン戦いたいタイプだから、やっぱり戦士系がいいな……。

「では、剣士でお願いします!」

 俺は迷うことなく、そう告げた。

「かしこまりました。それではステータス測定を行いますので、こちらのクリスタルに手をかざしてください。」

 受付嬢が指差したのは、ギルドカウンターの前に置かれた、人の頭ほどの大きさの透明な水晶玉だった。俺は言われるまま、その冷たい表面に右の手のひらをそっとかざした。  すると、水晶玉がふわっと優しい光を放ち、その内部に俺の能力が文字として浮かび上がる。

── リュウガのステータス ──

種族:人間

職業:剣士

LV:1

STR(筋力):10

AGI(敏捷):8

INT(知力):6

VIT(耐久):9

スキル:なし

 ……うん、まあ普通だな。特に突出した点もなく、かといって極端に低いわけでもない。典型的な、どこにでもいる一般人といった感じだ。

「では次に、ポンタ様のステータスを測定いたしますね。」

 受付嬢は、そんな俺のステータスには特にコメントせず、淡々と次の手順に進んだ。

「うむ! これで我が勇者としての力を証明しよう!」

 ポンタは得意げに胸を張りながら、小さな前足を水晶玉の上にポンと乗せた。その瞬間、水晶玉は今まで見たこともないほどピカーッと黄金色に輝き、その強烈な光はギルド内の全員の視線を一瞬で引きつけた。誰もが驚きに目を見開いている。

── ポンタのステータス ──

種族:神聖魔獣(ハムスター)

職業:勇者

LV:10

STR(筋力):3

AGI(敏捷):25

INT(知力):15

VIT(耐久):8

スキル:勇者の加護、ミラクルバイト、ハムスターダッシュ

「……」

「……」

 ギルドのホールに、再び重苦しい沈黙が訪れた。先ほどの爆笑が嘘のように、誰もが固まって、信じられないものを見るかのように水晶玉とポンタを交互に見つめている。

「おいおい……」

「え、こっちの方が強くね?」

 あちこちから、戸惑いと驚きの声が漏れ始めた。俺自身も、目の前の表示を何度も見返してしまう。

「ちょ、待て! 俺よりレベル高いし、敏捷めっちゃ高いし、何より職業がマジで『勇者』ってどういうことだよ!?」

 俺は思わず叫んだ。俺が剣士でレベル1なのに、ポンタは勇者でレベル10だと? しかも、敏捷が俺の3倍以上ってどういうことだ!? スキルも三つもあるし、しかも「勇者の加護」って……もうチートじゃん!

「ふふん! だから言ったであろう? 我こそが神々に選ばれし勇者なのだ! このステータスが、その揺るぎない証拠である!」

 ポンタは俺の頭の上で、小さな手を広げて勝利を誇示するように得意げに笑った。その姿は、あまりにも堂々としていた。

「いや、俺の立場よ! 俺、完全にモブキャラみたいになってるんだけど!?」

 俺は頭を抱えた。まさか、異世界に来てまでモブ扱いされるなんて。

「くっ……神よ! 何故この者は我の強さを理解せぬのか! この輝かしいステータスをもってしても、まだ疑うというのか!」

 ポンタは天を仰ぐようにして、不満げに何かを叫んでいる。

 俺が愕然としていると、受付嬢が小さく咳払いをした。彼女は少しだけ困ったような、しかしどこか楽しそうな表情をしていた。

「お二人とも、登録は完了しました。それでは冒険者ランクをお伝えしますね。」

「お、おう……」

「リュウガ様は、新規冒険者ということで、ランクは『F』からのスタートです。」

「まあ、それは予想通りだな……」

 俺のステータスからすれば、Fランクは妥当なところだろう。新米冒険者として、コツコツと実績を積んでいくしかない。

「そして、ポンタ様は……」

 受付嬢が少し戸惑いながら言葉を続ける。その視線は、チラリとポンタに向けられた。

「……スキルとステータスを鑑み、ランク『D』からのスタートとなります。」

「えええええ!?」

 俺、Fランク。

 ポンタ、Dランク。

 俺の頭の中で、その事実が繰り返し反芻される。え、俺より上!? なんで俺よりハムスターの方が上なの!? しかも、まさかの二段階も上!?

「ふむ、妥当な評価だな! やはり我の力は、これまでのハムスターとは次元が違うのだ!」

 満足げに頷くポンタ。その表情は、まるで自分が当然の評価を得た英雄であるかのように見えた。

「いやいやいや! 俺、お前の従者だよな!? なんで勇者の従者が勇者より下なの!? せめて同じランクにしてくれよ! これじゃあ、どっちがどっちの世話を焼いてるのか分からなくなるだろ!」

 俺の叫びが、ギルドホールに響き渡る。周りの冒険者たちは、今度は同情と面白がるような目で俺を見ている。

「申し訳ありません……ランクは実力によるものですので……」

 受付嬢は、申し訳なさそうに肩をすくめた。その表情からは、これ以上どうすることもできない、という諦めが滲んでいた。

「納得いかねぇぇぇぇぇ!!」

 俺の魂の叫びは、虚しくギルドの天井に吸い込まれていった。

 こうして、俺はハムスターよりも格下の冒険者として、この異世界での奇妙な旅を始めることになったのだった。

 Fランクの俺とDランクのポンタ。このデコボココンビは、果たしてこの異世界でどんな冒険を繰り広げることになるのか? そして、ポンタの言う「勇者スキル」は、本当に世界を救う力となるのだろうか?

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