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第2話 理不尽と決意



 すべての始まりは一か月前。無駄に豪奢な謁見の間に人生初の呼び出しを受けた事だった。


 白い大理石の床に、俺の視線を強制的に導くように敷かれた、一本の深紅のカーペット。その先に、ただ金の王冠を頂いてふんぞり返っているだけの男が、俺を上から見下ろし告げた。「第一騎士団所属・ユスティード。貴様には、本日付けで聖女・アイーシャの専属護衛騎士を命ずる」


 他人に命令し慣れた声が「聖女はこの国にとって政治的・宗教的・軍事的に大切な存在であるから云々」などと建前を述べているものの、俺は騙されてなどやらない。


 どんなに言葉を飾ろうが、どんなに威厳のある声で言われようが、突き付けられた結果は変わらない。


 騎士とは、国家に仕え国の盾となり矛となる者の総称だ。護衛騎士というからには、一応まだ国預かりなのだろう。


 しかしだからこそ、絶望的な采配だ。


 聖女の住まう教会は、百年前に国の権力を簒奪しようとして失敗し、中枢への影響力を失った。今や、律儀に信仰を忘れずにいる平民たちのためだけに形だけ残されている組織に過ぎない。


 王城に勤める貴族は多い。そのせいか、王城での勤務に一種のステータスを感じている者の大抵が、教会やそこにいる者たち――いわゆる没落者たちを、必要以上に見下している。


 そんな場所への出向を命じられるだなんて、僻地への左遷と変わらない。


 いや、聖女が住む教会は王都に位置している。下手をすれば、非番の騎士たちと鉢合わせる可能性が大いにある。まだ僻地への左遷の方がマシかもしれない。




 ――何故俺が、こんな目に遭わなけらばならないのか。




 俺は、休憩という名のサボりをしている騎士を尻目に日々鍛錬に勤しんできたし、休日も剣を振ることを忘れなかった。


 実際に結果も出してきた。でなければ、この国一番の精鋭騎士しか配属が許されない第一騎士団になど入れてはいない。


 なのに、何故そのキャリアを急に取り上げられられなければならないのか。こんなの腹立たしく思わない方がおかしい。


 でも、もしこの目の前の最高権力者の決定に逆らったら。


 今代の王は己の利に貪欲で、そのためになら人を切り捨てること厭わない。自分に逆らう者を決して許さぬ気性の粗さを、俺は故郷で出会った師から聞いて知っている。


 俺はいい。どうにでもなる。でももし俺のせいで故郷や師匠に類が及んだら。


 権力が俺は大嫌いだが、結局のところ権力を欠片ほども持たない俺が何を言ったって、バカの遠吠えにしかならない。


「……謹んで拝命いたします」


 怒りと苛立ちを噛み殺しながら返事をすれば、唸ったような声が出た。


 しかしそれ以上に、俺はこの場をうまく切り抜ける方法を知らない。


 もしこの返答が不服なら、もうどうにでもすればいい。






 すでに俺の教会行きは決まったのだ。もう覆る事のないものを前にうだうだと考えるのは、まったく俺の性に合わない。そう割り切って、謁見の間を出たその足で、騎士団の官舎へと向かった。


 国王は「本日付けで」と言った。その上長い間ここにいれば、見たくない顔からチャチャを入れられるかもしれない。


 自室に戻るなり、片手で楽に担げる大きさしかない麻バッグに、叩きつけるようにして私物をすべて投げ込んでいく。


 元々私物は少ないのだ。すぐに荷物を纏め終えて部屋を出る。


 国王は「本日付けで」と言ったし、長い間ここにいて外野にアレコレ言われるのも煩わしい。だから、これでも十分急いだ方だった。にも拘らず、どうやら少し遅かったらしい。


 既に事の次第を知っているらしいやつらが、ニヤついた顔で俺を見送りにやってきた。


「おい知ってるか? 国王陛下の勅命で『騎士の墓場』に下るヤツが出たんだって」


「あぁ、ついに『無能集団』への仲間入りか」


「最年少入隊だか何だか知らないが、平民風情が国内一の実力を誇る第一に配属されていい気になってたツケが回ったに違いない」


「左遷のくせにまだ騎士服なんて着てるぜ?」


「ばーかお前、一応騎士待遇なんだから任務中は服は脱げないだろ。街中騎士を恥に思って、どれだけ服を脱ぎたくてもな」


 非番中に場外で騎士服を着ることは禁則事項である上に、仕事中に街の外に出る事などほぼない騎士にとって、街中騎士と呼ばれる事がどれだけ不名誉な事なのか。そんな事は俺だって分かっている。


 が、見紛う事なき騎士服で職務時間中にわざわざ俺を嘲りにくる暇があるんなら、とっとと訓練や仕事に行けよ。実力で敵わないからってこんな事でマウントを取りに来ているその根性が、お前らが第一に上がれない最大の敗因だ。


 分かりやすすぎる煽りに内心でそう吐き捨てながら、言いたい放題なやつらに鋭い眼光を飛ばして威嚇する。


 生来三白眼の俺は、自分の目つきの悪さにはある程度自覚がある。その証拠に、苛立ち交じりのたった睨み一つで、つい先程までコソコソと話して嘲り笑っていた連中が口を噤んだ。


 だから、よく聞こえた。


「フンッ、俺を愚弄した報いだ」


 声の方に目をやって、「あぁ、なるほど」と納得する。


 そこにいたのは、高慢さを体現したような顔つきの男。こいつとは、つい先日因縁を作ったばかりだった。






 王城を出て、まっすぐ教会に向かう道中。律儀に詰めていた制服の襟元を乱暴な手つきで開ける。


 たしかに俺は、あの男に口を出したし、手も出した。「なるほど、第二はゴミ箱か」と言い返し、あげくに一発殴られたからってボコボコにしてやったのは少々やり過ぎたかもしれないが、それはあいつらが先に寄ってたかって「平民相手に貴族の俺が、わざわざ訓練をしてやっている」などという胸糞悪い理屈で、複数人で寄ってたかって一人を暴行していたからだ。


 見逃す事も物理的にできない訳でなかったが、「長いものには巻かれとけ」という先人のありがたい教えを俺にかなぐり捨てさせるくらいには、俺の騎士道精神に著しく障る行いだった。


 双方共に騎士団内の私闘による罰則を受ける事になったが、それでも俺はあの時の自分を後悔しはしなかった。


 しかし、今思えばそんな俺の態度もまた、やつの感に障ったのかもしれない。


 おそらくかねてより自慢していた『国王と懇意にしている父親』とやらの権力で、俺をずっと空いていた『聖女様の護衛騎士』に、俺を押し込んだのだろう。


 権力者は、正論や正道を権力という名の力技で、我が物顔で歪めてくる。これだからやつらは嫌いなのだ。


 そもそも師匠があんな田舎の街に追いやられたのも、やつらによる横暴だったらしい。


 だから端からやつらにいい感情なんて抱けたことはなかったし、それは騎士団に入ってから、むしろ悪化の一途をたどっていた。しかしここまでの理不尽となると、いい加減に愛想が尽きる。


 が、俺は元々、貴族や王に忠誠を誓って騎士団に入った訳ではない。


 俺は師から受け継いだ、俺自身の夢のために騎士になった。だからこそ、この理不尽に負ける訳にはいかない。




 たとえ過去に教会へと送られた者たちが皆、功績を上げる機会され与えられず、ただのお飾りに成り下がっていても、その結果自らの不祥事の汚名をすすぐ事もできず、自ら辞職を願い出たという話しか聞いた事がないとしても。




 ――必ず、王城に返り咲く。




 俺は絶対に自分から辞めたりはしない。そして、大成の機会が乏しい教会で『ただ聖女様の隣に立っているだけのお飾り騎士』に甘んじる気もない。



 決意にグッと手を握り締めた。

 その時だ。


 爆音と共に、横から空気が叩きつけられた。


 驚きながらも咄嗟に身を引くし、腰元の剣へと手を伸ばす。


 ちょうど街中の商店街だ。こんな場所でこんな状況になるだなんて、どう考えても普通ではない。



 一体何が起こっている。


 周りからメキメキという悲鳴じみた音が上がり、おそらくつい先程までは店だった筈の木材が、千切れ、壊れ、飛ばされていく。


 剣を持つ手の反対で腕で顔面を庇いながら懸命に目をこらしてみれば、暴風の中心に白い服の華奢な人影が一つあった。


 脅威は一瞬の事だった。風が止むと、先程までの爆音がまるで嘘であったかのように辺りがシンと静まり返る。



 目の前の光景に、俺は思わず目を見開いた。


 残骸になった建物の向こうに、半径五メートル程の大きなクレーターができている。瓦礫が綺麗に吹き飛ばされていてちょっとした広場のようになっているその中心に、誰かがポツリと立っていた。


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