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第二章 打倒、徳川

第6話 急転、また急転




「お客様、お客様…。」

「ううん? …えっ!?」



 ふと肩を優しく叩かれているのを感じた。

 微睡みの中、俺を窺っている美人さんが目の前に居ると解って驚き、身体全体をビクッと震わせながら意識を一気に覚醒させる。


 大失敗だ。仕事疲れと退屈が合わさって、知らず知らずの内に爆睡していた。

 それも涎が垂れていないかを確認する為、つい右手の甲で口元を拭う失態付き。



「お休みのところ、誠に申し訳御座いません。

 これより機長のアナウンスがありますので、暫くお待ち下さい」

「あっ、はい…。」



 だが、その大失敗を美人さんは見て見ぬふり。

 上品にニッコリと微笑んで去ってゆき、その首にスカーフが巻かれているのを見つけて、美人さんがキャビンアテンダントだと解り、自分が飛行機で広島へ移動中だったのを思い出す。



「琵琶湖……。今、滋賀県か」



 腕時計を確認してみると、もうすぐ正午。どうせなら到着まで寝ていたかった。

 新千歳空港で買ったパンを食べようと包装ビニールを開けていると、独特のチャイムが機内に鳴り響き、窓から眼下に広がる大きな湖を眺めながら耳を澄ます。



『お客様に申し上げます。機長の後藤で御座います。

 エンジントラブルが発生した為、当機は予定を変更して、大阪国際空港へ着陸します』



 たまらず自分の運の無さに舌打ちを鳴らす。

 本当なら今夜は札幌で北海道グルメに舌鼓を打ち、明日と明後日は休み。

 出張の役得を生かして、苫小牧からゆっくりとした船旅で東京へ帰る予定だった。


 しかし、それが上司からの電話一本でご破産。

 急遽、広島へ飛行機で向かうハメとなり、二連休は消えた。


 もうすぐ、11月だ。会社は年末に向かって、休日出勤が当たり前の繁忙期を迎える。

 消えた二連休の代休を取る余裕なんてない事は過去の経験から解りきっていたし、広島で発生したトラブルとやらの大きさ次第では来週末の休日も怪しい。


 また、飛行機が定刻通りに広島へ到着しても午後一時。

 空港から広島市まで結構な距離が有る為、広島の支社へ到着するのは午後三時くらいだろうから、やれる事といったらせいぜい明日からの段取りだけ。


 だが、その段取りを行うか行わないかで明日からの忙しさが確実に違ってくる。

 今さっきアナウンスで聞いた大阪国際空港から電車に乗り換えて、広島までどれくらいの時間がかかるのだろうか。今夜は今日中に寝られるのだろうかと溜息を深々と漏らした次の瞬間。



「ふぁっ!?」



 窓の外に見える飛行機の翼に付いたエンジンが炎に包まれた。

 時を置かず、飛行機が音をガタガタと立てながら激しく揺れ、すぐさま肘置きを両手で、前の座席のフットレストを両足で必死に押さえ付けて、自分が座席から跳ね出ないように固定する。



「ちょっ!? はっ!? ええっ!? …う、嘘だろぉ~~っ!?」



 悲鳴と怒号が入り混じって飛び交う機内。

 やがて、飛行機は翼そのものを炎で包み、白煙をたなびかせながら明らかに高度を下げての急旋回を始め、機内は大きく左へと傾いてゆく。




 ******




「はうあっ!?」



 掛け布団を跳ね除けて飛び起き、勢いそのままに立ち上がる。

 呼吸が猛烈に荒い。心臓はバクバクと早鐘を打ち、その音が外に聞こえているのではないかと思うくらい。


 薄暗みの中、額から滴る汗を腕で拭いながら視線を左右に動かすと、畳敷きの純和風の部屋。

 子供の頃からベッドで寝起きしてきた俺は床敷き布団を嫌い、自室はベッドを使っているし、出張の際の宿泊も和室を絶対に選ばない。


 しかし、ここは和室。俺は床敷き布団で寝ていた。

 ここは何処だという疑問が湧き、今度は上半身ごと顔を左右に振ってみれば、すぐ左隣に白い着物姿の少女が立っていた。



「秀秋様、お加減はいかがですか!」

「ひ、ひであきさま?」

「はい、秀秋様は今夜も酷く魘されていました!」

「こ、今夜も魘されて?」

「とても苦しそうで見ておれず、起こして差し上げたのですが…。まずはお水を!」

「えっ!? ……あっ!? う、うん、ありがとう」



 当然、次はその少女が誰かという疑問が湧く。

 一見して、成人前だと解る。女子高生というには顔立ちも、身体つきも幼くて、背が俺より頭一つ半くらい小さい。


 そして、着物を着ているなんて今時珍しいと感じる以前の超大問題。

 掛け布団が一枚なら敷布団も一枚。この部屋に俺と彼女以外は誰も居ない状況から、どう考えても俺は飛び起きるまで彼女と同衾していたらしき事実に焦る。


 しかも、彼女の言葉の意味がさっぱり解らない。

 だが、少女が俺の事を心の底から案じているのは解ったし、喉が痛いくらいに乾いている事実もあり、差し出された湯呑を素直に受け取る。



「ぷっはぁぁ~~~っ!?」



 只の水が、それも温い水がこうも美味しく感じたのはいつ以来か。

 風呂上がりのビールを飲むように喉をゴクゴクと鳴らし、その度に身体を仰け反らしてゆき、湯呑の水を一気に飲み干した後は姿勢を戻しながら大きく一息をつく。


 同時に落ち着きを少し取り戻した。

 彼女と同衾していたらしき現実はどう足掻いても変わらないが、その過程を知る必要が有る。


 それを彼女に問い、その結果次第で男として覚悟を決めなければならない。見た目通り、未成年なら尚更であり、口を怖ず怖ずと開こうとした矢先の出来事だった。



「では、次は…。どうぞ、おっぱいです!」

「へっ!?」



 少女が着物の襟を勢い良く開けた。

 両肩を露出させると、そのまま上半身は裸となり、小ぶりながらも形の良い胸を惜しげもなく披露した。


 思わず絶句して呆然となるが、更なる驚きが俺を襲う。

 なんと彼女は俺の両手首を取ると、俺の掌を自分の胸へと導いたのである。



「さあさあ、存分にお揉み下さい!」

「お、おう…。」



 どうして、こうなって、そうなったのかは解らない。

 しかし、両の掌に感じる極上の柔らかさ。少女自身の許しも有り、俺は美人局の可能性に辺りをキョロキョロと見渡しながらも男の本能に抗えそうに無かった。




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