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第11話 格好良さ最優先




「ああ、その通りだ。今まで騙していた事を詫びる。

 だけど、これが意外と面白くってな。

 只でさえ、当時の俺はまだ子供。酔いが進んできたところをちょっと誘導すれば、これくらい喋っても平気だろうと秘密をペラペラと喋ってくれるから、もっと上手くやるにはどうしたら良いかと考えたのが『うつけ』だった。

 あっ!? 今だから言うけどさ。俺って、実は酒がそれほど好きじゃないんだよね」



 小早川秀秋といったら、酒。

 そのイコールで結ばれているイメージをここで崩しておく。


 やはりと言うべきか、時代の積み重ねは技術の積み重ねでもある。

 今の時代の酒は味に強い野性味を感じ、現代の洗練された味を知る俺としてはいまいちというか、そもそも日本酒が苦手。やっぱり酒といったら、俺はストロング系だった。


 無論、付き合いなら飲む。

 現代では意識が改められてきているが、接待の席で酒が飲めないのは何だかんだで大きなマイナス点になるのを営業マンだった俺は良く知っているし、今言った事も嘘では無い。


 しかし、酒を次から次へと注がれても困る。

 この身体は酒に慣れ過ぎて、かなり強いと認識しているが、とことん酔っ払いたいと思わない限り、食事をより美味しく食べる為に飲む程度で十分だった。



「な、なんとっ!?」

「こう指を喉に突っ込んでさ。厠や庭の隅で無理矢理に吐いて戻していたんだよ」

「それは…。随分と苦労なされましたな」



 石田三成が大口をあんぐりと開けて驚く。

 その姿に苦笑しながら俺が右手の中指と人差し指を喉の奥へ差し込んで見せると、大谷吉継は眉を痛ましそうに寄せた。


 二人の様子に手応えを感じて、口の中で『良し!』と呟く。

 ここで駄目押しの秀吉マジックを追撃する。これでミッションコンプリートだ。



「……と言っても、秀吉様にはバレていたけどな。

 もう少し上手くやれと、酒を薄める工夫くらいしろと助言をされたよ。

 そして、家康が本性を現すその時までの辛抱だとも…。俺が小早川になった時の話だ」

「あの頃から…。」

「では、小早川隆景殿が秀秋様を『阿呆』と称したのは?」

「敵を欺くなら味方から……。そう孫子の兵法にもあるだろ?

 秀吉様が義父を巻き込み、俺達三人で信憑性を増す為に作った話だ。

 実際、あの小早川隆景が言うのだからとお前達も信じて疑わなかっただろ?」



 新たに出てきた名前『小早川隆景』は小早川秀秋の義父である。

 軍略と政略の両面に長け、豊臣秀吉から『日本の西は小早川隆景に任せれば全て安泰』と言われたほどの英才。

 豊臣秀吉に仕えながらも毛利家を第一に生涯を捧げ、その最たる功績が毛利家に養子入りする予定だった小早川秀秋を引き取った点にある。


 ここでのポイントは小早川隆景もまた既に故人である点。

 俺が作った話の真偽そのものを探る術が無い。真実は闇の中。



「確かに…。しかし、何故です?

 何故、秀秋様は小早川に…。豊臣の姓を捨てられたのです。豊臣のままなら…。」



 そして、石田三成の言葉を濁しながらの問いかけ。

 秀吉マジックの術中に嵌った者が必ず抱く疑問。稲葉のおっさん達も言葉は違えども『何故、関白を目指さない? 何故、栄達を望まない? 豊臣秀吉の後継者のままならそれが出来た筈なのに』と問いかけてきた。


 俺は戦後教育を受けた現代人。

 天皇陛下が同じ人間であると知っているし、忠誠心はその誕生日が祝日になっているのを嬉しく感じる程度くらいしか持っていない。


 だが、そんな俺でも畏れ多さは感じている。

 絶対に有り得ない譬えを言うなら、たまたま天皇陛下と混雑する電車に乗り合わせて、その隣の席が空いていたとしても『やった! ラッキー!』とそこへ座ったりは絶対にしない。

 出張疲れでどんなに疲労困憊していようが『これはきっとお忍びに違いない』と見て見ぬフリをしながらも遠くから見守り、天皇陛下がこちらを向いたら即座に視線を逸らす。


 その俺が天皇陛下の代理人たる『関白』になろうだなんて有り得ない。

 小早川秀秋は違ったかも知れないが、俺は絶対に嫌だ。とても務まらない。


 だから、ここからは嘘偽りの無い俺の言葉になる。

 言うまでもなく、今挙げた現代人云々は明かせないから、それらしく語る。



「逆に聞きたい。

 天下を見渡したら、お前の上はそう居ないけど……。三成、お前は出世をまだ望むか?」

「いいえ、望みません。

 評価を頂けるのは素直に嬉しいですが、既に過分な禄を頂いております」

「俺も一緒だよ。もう十分だ。

 道化を演じるのは止めた。だから、政務をきちんとやるようにした。

 だけど、想像していた以上に忙しい。今以上に忙しくなるのは真っ平御免だ。

 だから、三成。関ヶ原で戦う前にお前と交わしていた約束は無しだ。

 俺は関白にならない。今の中納言ですら、帝へ返上したいくらいさ。

 春は桜、夏は星、秋は月、冬は雪……。それだけで酒は十分に美味い。

 誰の言葉だったか。起きて半畳、寝て一畳、天下獲っても二合半。俺はそれで良いんだよ」



 言い切ったところで爽やかに笑ってみせる。

 完全に決まった。何かで読んだ名台詞を、人生で一度は言ってみたい言葉を二つも言ってやった。

 心の中で『やだっ! 今の俺、格好良すぎ!』と大喝采をあげて、油断すると達成感でにやけてしまう顔を懸命に堪える。



「ご立派に……。ご立派になられた……。

 秀吉様、見ておられますか! 豊臣は安泰ですぞ!

 秀秋様さえいたら、鎌倉、室町を上回る天下が! 豊臣千年の国が創れますぞ!」

「秀秋様の深謀遠慮、おみそれ致しました!

 最早、家康など敵に非ず! その覇道を思うがままに進んで下さい!

 この身は非才なれど、秀秋様の天下作りの一助となる為、力の限りを尽くします!」



 しかし、格好良すぎて効果が有り過ぎたっぽい。

 石田三成と大谷吉継の二人が同時に勢い良く平伏。声を涙に濡らしながら叫んだその言葉がとてもまずい。


 俺の気のせいだろうか。

 二人が俺の天下穫りを望んでいるように聞こえたのは、


 豊臣家には豊臣秀吉の跡を継いだ実子『豊臣秀頼』が居る。

 まだ七歳の幼子であり、それが家康に付け入る隙を与える結果を生んだのだが、それだけに豊臣家の家臣は豊臣秀頼という旗の下に結束しなければならない。それを豊臣家の重臣である二人が承知していない筈が無い。



「ま、待ってっ!? ま、待って、待って、ちょっと待ってっ!? ま、待ってっ!?

 ち、違くないっ!? お、俺、今言ったよねっ!? い、忙しくなるのは真っ平御免だってっ!?

 と、穫らないからねっ!? て、天下、穫らないよっ!? て、天下を穫るのは秀頼様だからねっ!?」



 音が耳元でピコーンと鳴り、死亡フラグという名の旗が頭の上に立ったような気がした。

 慌てて立ち上がって、畳の上に広げた戦略図を大股で跨ぎ、二人の肩を押して、その頭を上げさせようとするが、石田三成と大谷吉継はなかなか頭を上げてくれなかった。




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