「…………」
「どうしたリリィア、さっきからずっと静かになって」
フロストタウンの中央通り。
町中で最も大きく広い道をオレ達は歩いていた。背中にいくつかの農具を背負いながらだ。
「もしやオレの交渉術に感動してるとか」
「呆れてるのよ!」
ガーーと勢いのあるリリィアの大声が耳をキーンとさせる。
「なんなのさっきの話は! アレックスさんすごい微妙な顔してたじゃない!」
「最終的には合意してくれただろ」
「合意? あれは強制って言うんじゃないの?」
「もちろん冗談だ」
リリィアが変にプリプリしているのは、さっき店で行なった話し合いのせいだ。
なんせ初見の男が数々の道具を発注したにも関わらず、大した持ち合わせもないってんだからな。そりゃあアレックスのおっさんも渋るってもんだろう。
だが、路銀が無いなら別の価値ある物を提示すればいい。
そう、例えば……。
「そもそも一年分の作物なんてどうやって用意するのよ? キョウイチはココに来たばっかりだし記憶も曖昧だから知らないでしょうけど、この土地で作物を育てるのは大変なんだから!」
「具体的にはどう大変なんだ?」
「いくつか理由はあるけど。やっぱり一番大きいのは寒さ――毎年発生する寒波ね」
「あー、まあ寒すぎるのは問題だよな」
強すぎる寒波はあらゆる物に厳しい存在であり、当然作物にも影響を及ぼす。
作物が育つには適正な気温が必要になるが、そこへ寒波などによる冷害が続けば成長を阻害するどころか全滅することも珍しくない。
つまり、そもそも寒い土地は作物を育てるのは向いてないのだ。
「リリィアがそれだけ言うんだから、この辺の寒波はよっぽどなんだろうな」
「呑気に言ってるけど、本当に大変なのよ。町の人達は毎年寒波を越す食料を集めるのに苦労してるの」
「だろうな。だからこそ、作物には金より大きな価値が生まれる」
「なんでそんなに余裕そうなの……」
「余裕なんてあるわけないだろ。言ってしまえば無一文でロクな準備も出来てないオレなんて、寒波がきてしまえばジ・エンドなんだから」
「……その割には明るくない?」
「ハッハッハッ! それはリリィアのおかげだろう。キミが助けてくれるからオレはこうして生きてるし、アレックスのような腕のいい鍛冶師とも会えた」
「一回会っただけで腕のいい鍛冶師だと分かるの?」
「あの店に陳列されてた商品は品質の良い物ばかりだった。しかもどこからか仕入れたわけではなくアレックスのお手製。それで腕が悪いはずがないさ」
「ふ~ん、よく見てるじゃない」
「付け加えるなら、オレはああいうまどろっこしくないおっさんが嫌いじゃない」
「町の若い女の子にちょっかいをかける、ちょっとえっちな人でもあるけどね」
「アレックスなりのコミュニケーションだろ。気に入らないならシバけばいい」
などと話している内に、次の目的地が見えて来た。
屋根に特徴的な意匠――十字架を豪華にしたようなモニュメントが施された建物は、遠くからでも目立つので分かりやすい。
「アレがこの町の教会か」
「キョウイチが会いたい人は、いつも教会でお手伝いをしている人なの。何を隠そう、重傷だったキョウイチに治癒魔法をかけてくれた人でもあるんだから」
「おお! そりゃあこの機会にしっかり礼をしておかないとな」
立ち並他の建物に比べて立派な作りをした教会の正門から中へ。どこか厳かで神秘的な空気が漂う屋内は、小規模ではあるものの大変教会らしい内装だった。
入口から祭壇までのびる赤い絨毯。綺麗に配置された長椅子。さすがにシャンデリアやステンドグラスは無いようだが、奥の方には古ぼけてはいるがピアノが置いてある。
特別な信仰心を持ち合わせていなくとも、ここで何かやらかそうとするアホはそうそういないだろう。
「あらあら? 本日は礼拝ですかリリィアさん」
オレ達に気付いて歩み寄ってきた女性が柔和な挨拶をしてくれる。
シスターの恰好をしているのも目立つが、何よりそのとんがった耳――エルフの耳が特徴といえる。
あと、かなりの美人だ。
さすが生まれた時から美男美女ばかりと謳われるエルフというべきか。
「こんにちは、その感じですとエルフを見るのは初めてですか?」
「どちらかというと、すごい美人だなと思ってます」
「あらどうしましょう、いきなり口説かれちゃったわね~」
いきなり軽い冗談を言い合える辺り、器が大きい人らしい。
「こんにちはエイラさん。オレはキョウイチと言います」
「こんにちは、キョウイチさん。お元気になられたようで何よりです」
「その節は世話になりました」
にっこり微笑むエイラさんには妙な色気があり、こりゃ男達は放っておかないだろうなと思わせるものがある。
だからといってオレの出方を待ってくれているエイラさんに対して話すべきことは何一つ変わらない。
「今日は折り入ってご相談がありまして、エイラさんはエルフ族の植物学者なんですよね?」
「ええ、“ただの”が頭に付きますけれども」
「そんなあなたに是非見てもらいたい物があります。良ければご教授をお願いしたいんです」
オレはとある物を掌に乗せてエイラさんに見せる。
横から興味津々な様子でリリィアが覗きこんできたが、そっちは「なにそれ?」と言いたげなご様子である。
「これは……野菜の種、ですね」
すぐに当ててみせたエイラさんに対して、思わず口の端が上がる。
「さすが植物学者様! 相談というのはこの種でして、オレはこれから農場で色々とやってみようとしてるんですが」
「農場というと、あの? ……失礼ですが、あそこは農場ではありますがその……かなりの困難が――」
「わかってます。その上でやってみようとしてるんで」
言いよどむエイラさん。
きっとこの人は察しがいい人なんだろう。
何も言わずとも、少なからずこの気持ちは伝わっているのだ。
「そうですか。では及ばずながらお力になりましょう」
「感謝します! この礼は必ず!」
「お気になさらないでください。それで私は何をすれば?」
「どんな物でもいいんで! この土地の種を分けてください!!」
時間をかけてもしょうがないので、オレの遠慮なく言い放つ。
するとエイラさんは一瞬驚いた表情を浮かべたもののすぐに元の柔和な表情に戻って。
「少々お待ちください。良さそうなものを見繕ってきますね」
ハッキリと期待に沿う返事をくれたのだった。
///
「いやー、今日はありがとなリリィア。おかげさまで大助かりだ」
「単に町を案内しただけじゃない」
「何言ってるんだ。町の人達みんなと問題無く挨拶できたんだぞ? オレ一人じゃこうはいかない」
決して変におだてているわけじゃない。
鍛冶屋と教会以外にも、リリィアはオレを引っ張る形で長い時間町中を案内してくれたのだから。
なんなら今だって農場への帰り道に付いてきてくれているのは、オレの身を心配してるからだ。大丈夫だと何度も繰り返したが、怪我人が変な遠慮をするなと怒られたらそれ以上は何も返せなかった。
「少なくとも、これで『見も知らぬ怪しい奴』から『一回は挨拶した相手』になったわけだ」
「キョウイんだってフロストタウンの一員になるんだから、大したことじゃないわよ」
「そう言いきれるリリィアは凄いと思うぞ」
「???」
茜色に染まりはじめる遠くの空を眺めながらの帰路は、さほど寒くはなく過ごしやすく感じる。これはきっと満足感と温かな気持ちでポカポカしているからだ。
「リディアには大きな借りが出来たから、そのうち何かで返さないとな。何か欲しい物とかあるか?」
「ええ!? ほ、欲しい物……? いきなり言われてもねぇ」
「良いからいいから。何がしかはあるだろ? なんだっていい、求めるもののひとつやふたつさ。そうだ夢とかでもいいぞ、ヒントになるかもしれない」
「…………」
オレの突発的な問いかけに対してリリィアが真剣に悩み始める。
少し時間が経ち、答えが浮かんだらしい彼女は言ってもいいのか悩んでいたようだが、そこはそれ。言うだけタダだと促すと、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。
とても大事な、リリィアにとって将来叶えたい夢の欠片の話を。
「あたしを育ててくれたあの町を……いつか立派な町にしたい」
「フロストタウンを?」
「あの町にはたくさんの恩があるの。それを返すためには、町自体をもっと住みやすい所にするのがいいなって」
「なるほど……でっかい夢だな」
同時に、困難が付き纏う夢だ。
流刑地として扱われる町。大寒波が猛威を振るうだけではなく、モンスターの脅威もある。
町中で聞いた話によればここらは地理的に言えば王都から遥か遠い北の辺境。今は落ち着いてはいるものの、実は元々人類が戦った戦争の前線であり、隣り合っているのは長い間争っていた魔族の住処である。
ぱっと思いつくだけでも、住みやすい町からは真逆の特徴ばかりだ。
しかし……だとしても――その夢を口にするのであれば、そうしようと進む意志があるってわけで。
彼女の夢は、正にこれから無謀に挑もうとしているオレのやるべき理由を増やすものでもあった。
「よしわかった! 及ばずながら、オレはお前の夢を叶えるための協力者になるぞ!」
「きょ、協力者ぁ?」
「なに、遠慮するな。とりあえず黙って見てるだけでもOKだから」
「え、ええ~……」
「あっはっはっは! 明日からが楽しみだなー!」
「す……すごい楽しそう。キョウイチってば、一体何をする気なのかしら」
「それは明日になればわかるさ。オレにも特技があるってな」
特技の名は――エンチャント。
オレの持ち物であろう魔導書から読み取れた、唯一の魔法。
試す価値は、無限にある!