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第4話:最初のエンチャント!

「よーし、それじゃあまずは――」


 朝日に照らされながら家の前に広がっている土地を見渡す。

 そもそも敷地が広いのは大変結構。近くには小川や井戸もあるので水には困らないし、気温もそれなりなので体を冷やす心配もない。


 正に絶好の農業日和だろう。


 ――遠くの森まで続いているであろう荒れ果てた大地が、はよなんとかしろと急かしているようですらあった――


「地面からどうにかしないとな!!」


 寒波の影響で木や雑草が生い茂ってなさそうなのがマシなものの、所々はしつこそうな植物が根を張っているし、石どころか岩と呼ぶべきサイズの塊が鎮座してるわ枝葉が散乱してるわゴミっぽいのは転がってるわと荒れっぷりには事欠かない。


 可能であれば一息に全部吹き飛ばしてやりたいが、生憎そんな技術も魔法もオレには使えない。そんなわけで、手近な家の前から整地に挑戦と意気込んでみる。


 が!


「草が抜けない!」


 根元から引っこ抜こうにも相当根深いようで容易にはいかない。


「石が重てえ!」


 なんだこれ、その辺の石ころとは訳が違うぞ。鉱石か何かか?

 更に最も厄介なのが。


「せーの……ほっ!」


 振りかぶったクワを勢いよく地面に振り下ろすと『ガリィィィン!!』と硬い音が響いて手が痺れた。なんか知らんが地面そのものが普通の地面とは違う。要約するとめちゃんこ硬い。


「やっぱ普通にやってもダメかぁ……」


 フロストタウンの住人達に挨拶してた時に聞いてはいた。

 なんで農場が大した管理もされずにほっとかれていたか。その理由の一端をオレは今正に味わっているのだ。

 ちなみに、だったら住人達はどうやって自分達の作物を作っているのかと言えば……そもそもあんま作ってないようだった。昔に比べれば家庭菜園レベルでやってる人はいるものの、そういう人達は人並み以上に力が強かったり魔法に長けているのでどうにかしてるらしい。それでも労力に見合った成果が出ない事がほとんどなので、だったら狩りに勤しんだり定期的に町を訪れる商人を頼ってるのだとか。


「そりゃあ食料に困るよな……」


 長年この土地で暮らしているフロストタウンの住人達でそれなのだから、オレの食糧事情はさらに切実だ。大きな壁となる次の大寒波を乗り越えるどころか、夏すら拝めなくなってしまう。


「それはさすがにマズイ。リリィアの料理は美味いが、そればっかりに頼るわけにもいかないからな」


 そんなわけで、いよいよ本領発揮だ。

 記憶が曖昧なオレではあったが、荷物の中身を色々漁ってみたところどうやら魔法学院の出身。つまりオレは何かしら魔法が使えるのではっつーことで、先日発見した魔導書から学んだ(※正確には思い出した?)魔法を使わない手はない。


「よーしやるぞー!」


 気合いを入れてオレが握ったのは魔法使いの立派な杖――ではなく、アレックスから譲ってもらった“クワ”だ。


「せー、の! 《マジックエンチャント》!!」


 簡素な呪文を口にして魔法を発動させる。

 七色に輝く魔力の奔流がクワに注がれていき、その全てが入りきるとクワがピカァ!! と煌めいて……キラキラと光り輝いた。


「そんでコレを~、こう!!」


 少し前と同じようにクワを地面に向かって振り下ろす。

 さっき味わった硬い衝撃が来るのではとやや身構えたが、その心配は不要だった。


 ザクッッッ!! と、クワの先端部はしっかりと地面に入り込み、そのまま力を入れて土を掘り起こすこともできた。


「よーしよし! これならイケるぞ!!」


 そのままザクザクと地面を耕していく。とりあえず適当に四角い畑を作ろうと耕すことしばし。不慣れな作業に苦戦しながらもザックザックとやっていると。


「えーーーー!?」


 リリィアの驚いた声が聞こえてきた。

 作業に夢中で気づかなかったが、今日もまた彼女はオレを尋ねにきてくれたらしい。


「おはよう、リリィア」

「お、おはようキョウイチ。ううん、挨拶はいいとして! そ、それって??」


「ああ、まずは簡単に整地してから畑を作ろうと思ってさ。いやー、どこもかしこも硬かったり重かったりでキツイのなんの」

「ほんのちょっと耕すだけでも地面を整地?」


「いやぁ、フロストタウンの人達に比べればこんなのまだまだだろ」

「そんなことない! まともな畑を作れる人なんて本当に限られてるんだよ!?」

「そうなのか。それは……うん、考えを改めないとだな」

「の……呑気すぎるッ。一体何をどうしたらこんな簡単に……」


「そこはこう、エンチャントを使ってえっほえっほと」

「エンチャントってそんなスゴイ事に使えるの……」

「あれ、知らない? 物に対して色んな強化や効果を付与する魔法で、今はほら、このクワにエンチャントして『掘り起こす力』を強化してるんだ」


「フロストタウンのタタルトお爺ちゃんなら知ってるかもだけど……」

「……実はエンチャントって結構マイナーなのか」


 これもカルチャーショックというのだろうか。


「魔法なら一応タタルトお爺ちゃんに習ってはいるけど」

「お? だったらリリィアも魔法が使えるんじゃないか。どんな魔法が使えるんだ?」


「私はまだ得意不得意すら分からない段階だし……簡単なのならある程度は使えるけど」

「見せて欲しいな」

「いいわ」


 謙虚な態度でいたリリィアが腕を真っすぐに伸ばして、掌を正面に向ける。


「えいっ!」


 掛け声をあげると、次の瞬間には彼女の手のひらから人の頭の大きさ程度の火球が放たれた。火球は瞬時に勢いよく飛んでいき、割と離れた場所にあった切り株に命中する。


 直後。


 ちゅどーーーーーーん!!


 なんかすごい音と共に火柱が上がった。

 口をあんぐりしながら炎が収まるの見ていたが、後に残ったのは真っ黒焦げになった切り株――もとい炭の塊である。


「や、やべーーー!? どこが簡単な魔法だよ! 気軽に撃っていい威力じゃないだろアレは!!」

「大げさね。タタルトお爺ちゃんの魔法に比べたらマッチの火をつけたみたいなものよ」


 非常に判断に困るが、どうやらタタルトお爺ちゃんとやらはとんでもない魔法使いなのか。あるいはリリィアが無自覚なだけで魔法の天才だったりとか……いや、まさかな?


「他にも水や風、土や雷の魔法も使えるけど見たい?」

「いや! もう十分なんでご遠慮願いたく!!」

「あはは、変なキョウイチ。なんでいきなり畏まってるの」

「……はははは」


 言えるわけがない。

 もしリリィアを怒らせたらアレが飛んでくるのかもなーと、少しでも想像してしまったなどとは。


「さーて作業続けるぞー」

「私も手伝うわ」


「いいのか?」

「そのために来たから!」


 正直助かる。

 リリィアにもエンチャントした道具を渡して、二人で整地作業に没頭する。《マジックエンチャント》の効果は大変ありがたいもので、リリィアも土を掘るのは大した苦じゃなかったようだ。


 ざくざくほりほりと土を掘りならしていく度に、荒れ地を耕していける楽しさみたいなものが湧き上がる。オレがやりたかったことをやれている実感とも言えるかもしれない。


 記憶が曖昧になる前のオレは、実は農場暮らしを夢見ていたのだろうか……。うーん、少なくとも都会のわずらわしさは嫌いだったんだろう。


「畑第一号の完成だ!」

「おめでとうキョウイチ」


「おう。したら次は種を撒かなくっちゃな」

「その種ってエイラさんに譲ってもらった……?」

「ああ。植物学者エイラが生み出した、厳しい土地でも育つ作物の種だ」

「それはフロストタウンの食糧事情を改善した種だから、きっとよく育つわ」

「うんうん、一~二週間もあれば収穫できるんじゃないかな」


「さすがにそれは無理でしょ? どれだけ早く収穫できても一ヶ月半はかかるはずよ……」

「普通はそうなのか」


「え?」

「ん?」


「……あ、もしかして改良された種だからとても育つのが早いとか!」

「ふっふっふ、当たらずとも遠からずだな」


 まあ見ててくれと言い放ち、オレは種の入った小袋を掌に乗せる。

 エイラさんによれば〈ホッポーカブ〉なる品種で、上手く育てれば甘みのある美味しいカブが実るのだとか。聞いたことも食べたこともない作物ホッポーカブ、今からどうなるのか楽しみだ。


「ってわけで……《マジックエンチャント》!!」


 カッ!! と七色の奔流が煌めき、小袋の中へと沁み込んでいく。

 近くで見ていたリリィアがビックリしていた。


「種に《マジックエンチャント》! そ、そんなこと出来るの!?」

「成せばなる!」


 根拠はない。

 しかし、なんとなく出来そうな予感はあった。

 エンチャントは対象を強化したり効果を付ける魔法。作物の種に使えば、その成長スピードを強化するのも不可能じゃないはずだ。


「ん~~~~~!!」


 全ての種にエンチャント出来るように集中して魔力を注ぎ込む。それなりの疲労を感じはするがキツいとまではいかないので作業続行だ。


「……ふぅ……こんなもんか」


 袋の中から種を取り出してみると、クワと同じように仄かにキラキラと輝いていた。種にエンチャントするのは成功したようだ。


「ほ、本当に出来ちゃうなんて」

「いやー、どうだろうな? エンチャント自体は成功してるけど、求める強化が出来てるかは実際にやってみないとわからないぞ」


「そっか、そこは試してみないと分からないのね」

「そういうこと! とりあえず種を撒いて育ててみないとな」


「わ~、ドキドキする」

「するする!」

「そうだ! 作物を育てるためのお水にもエンチャントって出来ない? もしかしたらいい影響が出るかも」

「おおナイスアイディア! 早速やってみよう!!」


 オレとリリィアは二人でキャッキャッしながら農作業に時間を費やした。リリィアがここまでしてくれたのだから、初めての作物は是非とも成功して欲しい。


 そんな願いを大地の神様に祈りながら、その日の夜はあっというまに就寝と相成ったのである。



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