リーチェスはヒスミル大陸南西よりに所在する国である。
人口10万弱。100近くある国の中で4番目に小さい弱小国だが、もっとも気候に恵まれた土地でもある。
ヒスミル大陸はほぼその全土を黄砂におおわれてしまってはいるが、決して縁がないというわけではない。
とりわけこのリーチェスという国は縁が多いことで有名だ。ものみな緑の国と呼ばれるほど、数多くの種類の緑がいたるところで芽吹き、人々の目を楽しませている。
彼の目的地であるザナは西のはずれで砂漠と隣接した町のため、気温は一年を通じて常時30度を超え、空気も乾燥しているが、それでも自然には恵まれていた。
砂漠の入り口に円環状に自然岩でできた壁があり、それが砂の侵入を防いでくれている。地盤は堅いが掘り崩せばその下には豊富な地下水の流れがあり、町の井戸は炎帝照りつける真夏であろうといつも潤っている。
飲料水が金を出さないでも手に入る町、というのも実のところ大陸ではめずらしい存在なのだ。縁が多いのも頷けるだろう。
しかしその町も今はない。
いや、
『ザナ』という名の町はなくなった。薪たに生まれた、
魅妖というのは超常能力を手足のように用いる悪鬼である。
妖鬼もこの類いで、彼らは
生気――特に人の――を好んで喰らい、気まぐれによって行動する。「気が向いたから」「暇つぶしに」そんな、理由とも言えない理由で人を殺し、町を滅ぼす。人からすればたまったもので
ない。
ただでさえ生きるに適した環境とは言いづらい世界なのに、さらに自尊心ばかり大切にして罪悪感をかけらも持たない、まるで情というものに欠けた者を相手にしなければならず、しかもそれが人にはない巨大な力を持っているとは。全く始末に終えない。
この世界を創造し、生まれおちる魂すべてに祝福を与えるという神も、余程酔狂なのだろう。それとも、自分が生み出した所有物なのだから、どう面白おかしく扱おうと勝手だとでも思われているのか……。
たとえそのどちらにせよ、当事者となる人々のおかれた状況が苛酷であるのにかわりはない。
これで本当になんら助けとなるものがなければ、神は『気違い』の代名詞を与えられ、悪神と恐れられることはあっても、決して人々から崇拝を受ける存在となることはなかっただろう。
神の采配により地上へ配された助け手。それは、
魔断とは、生きた剣である。
普段は余計な力の放出を抑えるため擬人化しているが、災いを運ぶ魅魍から人々を護るため闘うときは本来の姿である刀身に戻り、己と感応をはたした人間・
操る気質によって火炎・真空・光波・凍気・雷撃と系統が別れるが、彼らはそれぞれ外見に特徴を持つためその判別はしやすい。
性質は穏やかで柔順。人命の守護を第一とし、自分の操主となった者には絶対的な服従を誓う。
そんな優れた存在を従え、超常能力を操る魔へ敢然と立ち向かう者たちは、魔を退ける力を持つ者――退魔師と呼ばれ、しばしば羨望の眼差しで見られることがあった。
きっと彼らであれば、自分を突如訪れる不条理な死から護ってくれるに違いない、と。
しかしザナの民の夢は無残にも破れた。守護の象徴である退魔師たちが死闘に敗れ、たおれたとき。町もまた例外なく同じ運命をたどるのだ。
『踊れ、クズめが! 死をその面に刻み、クズはクズらしく醜く崩れてゆくのがよいさ! おまえたち腐った肉は、私と同じ空間に存在するというだけでおこがましいというものだ!
さあ媚びてみろ。へつらい、泣いて、私に許しを乞うてみろ。絶望と恐怖の声を用いて私の名を呼ぶがよい。この世に生まれおちるという大罪を犯したおまえたちにふさわしい制裁をこうして与えてやっている、この私の名を魂にまで刻んで地底へ赴け! さすれば我が名におびえた地獄の鬼どもから、多少なりと恩赦が与えられぬとも限らぬぞ』
さながら黄泉をおおっているという真実の闇を凝縮したような黒曜の瞳で
悲鳴が大気を埋め尽くし、死の瘴気が濃く渦巻き町を覆う。
わずか1日。数十年に渡り人々にザナと呼ばれていた町は失われ、そこには、魅妖の祝福を受けた町が生まれたのである。
それが今から10日前。
彼――