春の風が窓から吹き込み、庭の花がゆらゆらと揺れている。
私はもう、トテトテ歩くだけでは飽き足らず、外に出て庭や裏の小道を探検できるようになった。
家族や侍女たちが後ろをついてくるけれど、自由に歩ける世界はそれだけで胸が高鳴る。
「ネセレ、そろそろお外に行きましょうか。」
「うんっ!」
母の手を引かれ庭へ出ると、兄たちが先に待っていてくれた。
「ネセレー!今日はなにして遊ぶ?」
「おままごともいいけど……おみせやさんごっこしようよ!」
そう、私は前世の記憶をふと思い出したのだ。
小さい頃に夢中になったお店屋さんごっこ。
今の私なら、あの“等価交換”を使って、もっと本格的にできるのでは……?
「おみせやさん?」兄が首をかしげる。
「そう!この石ころを、ほら、かわいいブローチにして、売るの!」
その辺に落ちている石ころを拾い、両手でそっと包む。心の中で想像するのは、小さな銀のブローチ。
ふわりと石が光を帯び、形が変わると、掌には光沢のあるブローチが生まれていた。
「わあぁぁ!」「すごい!」兄たちの瞳が輝く。
「じゃあ、こっちは木の枝!剣にして!」
「これはね、ぼろ布!なにかになる?」
次々と差し出される素材。
私は笑いながらそれらを受け取り、等価交換で次々と別のものに変えていく。
木の枝は小さな杖になり、ぼろ布は人形のマントになった。
すると、母が屋敷から出てきて、抱えた籠を私の足元に置く。
「ネセレ、これもどうかしら?台所で出たゴミや、古い釘よ。」
「わぁ、ありがとうママ!」
釘は小さなブローチの留め金に、台所の欠けた木片は可愛い小箱に。
ひとつひとつ完成するたび、兄たちと私は即席のお店を広げていく。
「いらっしゃいませー!きれいなブローチありますよー!」
「こちらは魔法のつえでーす!おひとつどうですかー!」
庭の芝生が私たちのお店の広場になり、通りがかる侍女や庭師が足を止めて「これいくら?」と笑ってくれる。
私たちは葉っぱをお金に見立て、支払われるたびに元気よく「ありがとうございましたー!」と声をそろえた。
父も執務の合間に庭に来てくれた。
腕を組んで笑いながら、わざと大げさに言う。
「こりゃすごい店だなあ!父さん、これ買ってもいいかな?」
「はいっ!これ、パパにあげる!」
私は一番上手くできたブローチを差し出した。
父はそれを受け取り、しばらく黙って眺めてから、ほろりと微笑んだ。
「こんな素敵な店、外に出ても大人気になるぞ……でも、お前が遠くに行ってしまうと思うと、やっぱり少し寂しいな。」
その言葉に、胸がきゅんとしたけれど、私は笑って言った。
「じゃあ、パパのおうちにお店を出すね!」
父は声をあげて笑い、私をぎゅっと抱き上げた。
兄たちは「じゃあ俺たちも店員になる!」と胸を張る。
母は私が作った品々を大事そうに拾い集め、屋敷の棚に飾ってくれる。
石ころも木の枝も、ゴミだったはずのものが、私の手で宝物に変わっていく。
笑顔と笑い声が風に混じって、庭いっぱいに広がっていった。
ネセレ、2歳。はじめての小さなお店が、家族の心を温めた春の出来事である。