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第3話:はじめてのおみせやさんごっこ

春の風が窓から吹き込み、庭の花がゆらゆらと揺れている。


私はもう、トテトテ歩くだけでは飽き足らず、外に出て庭や裏の小道を探検できるようになった。


家族や侍女たちが後ろをついてくるけれど、自由に歩ける世界はそれだけで胸が高鳴る。


「ネセレ、そろそろお外に行きましょうか。」


「うんっ!」


母の手を引かれ庭へ出ると、兄たちが先に待っていてくれた。


「ネセレー!今日はなにして遊ぶ?」


「おままごともいいけど……おみせやさんごっこしようよ!」


そう、私は前世の記憶をふと思い出したのだ。


小さい頃に夢中になったお店屋さんごっこ。


今の私なら、あの“等価交換”を使って、もっと本格的にできるのでは……?


「おみせやさん?」兄が首をかしげる。


「そう!この石ころを、ほら、かわいいブローチにして、売るの!」


その辺に落ちている石ころを拾い、両手でそっと包む。心の中で想像するのは、小さな銀のブローチ。


ふわりと石が光を帯び、形が変わると、掌には光沢のあるブローチが生まれていた。


「わあぁぁ!」「すごい!」兄たちの瞳が輝く。


「じゃあ、こっちは木の枝!剣にして!」


「これはね、ぼろ布!なにかになる?」


次々と差し出される素材。


私は笑いながらそれらを受け取り、等価交換で次々と別のものに変えていく。


木の枝は小さな杖になり、ぼろ布は人形のマントになった。


すると、母が屋敷から出てきて、抱えた籠を私の足元に置く。


「ネセレ、これもどうかしら?台所で出たゴミや、古い釘よ。」


「わぁ、ありがとうママ!」


釘は小さなブローチの留め金に、台所の欠けた木片は可愛い小箱に。


ひとつひとつ完成するたび、兄たちと私は即席のお店を広げていく。


「いらっしゃいませー!きれいなブローチありますよー!」


「こちらは魔法のつえでーす!おひとつどうですかー!」


庭の芝生が私たちのお店の広場になり、通りがかる侍女や庭師が足を止めて「これいくら?」と笑ってくれる。


私たちは葉っぱをお金に見立て、支払われるたびに元気よく「ありがとうございましたー!」と声をそろえた。


父も執務の合間に庭に来てくれた。


腕を組んで笑いながら、わざと大げさに言う。


「こりゃすごい店だなあ!父さん、これ買ってもいいかな?」


「はいっ!これ、パパにあげる!」


私は一番上手くできたブローチを差し出した。


父はそれを受け取り、しばらく黙って眺めてから、ほろりと微笑んだ。


「こんな素敵な店、外に出ても大人気になるぞ……でも、お前が遠くに行ってしまうと思うと、やっぱり少し寂しいな。」


その言葉に、胸がきゅんとしたけれど、私は笑って言った。


「じゃあ、パパのおうちにお店を出すね!」


父は声をあげて笑い、私をぎゅっと抱き上げた。


兄たちは「じゃあ俺たちも店員になる!」と胸を張る。


母は私が作った品々を大事そうに拾い集め、屋敷の棚に飾ってくれる。


石ころも木の枝も、ゴミだったはずのものが、私の手で宝物に変わっていく。


笑顔と笑い声が風に混じって、庭いっぱいに広がっていった。


ネセレ、2歳。はじめての小さなお店が、家族の心を温めた春の出来事である。

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