夏が深まり、庭でのおみせやさんごっこは、ついに本物のお店になった。
父が庭の隅に小さな小屋を建ててくれたのだ。
木の香りがまだ新しい壁に、くり抜かれた窓。
そこから顔を出せるカウンターがあり、私はそこに立つだけで胸が弾む。
「ネセレ、カウンターからちゃんと顔出すんだぞー!」
「はーい!」
兄たちは店員として張り切っている。
入口の看板には、母が丁寧に書いてくれた文字が並んでいる――『異界の錬金釜』。
「いらっしゃいませー!遠くからのお客さまもどうぞー!」
「今日は新しい商品がたくさんありますよ!」
兄たちの声は庭の外まで響き、最近では近隣の村だけでなく、少し遠方からも馬車でお客さんがやってくるようになった。
小さな小屋はお祭りの屋台のように賑わい、葉っぱのお金と引き換えに品物が飛ぶように売れていく。
ある日、見覚えのない馬車が門をくぐってきた。
降り立ったのは、可愛らしいけれど気取った雰囲気のある少女――貴族家のお嬢さまだ。
「こんにちは、ここが噂のお店ですか?」
「はい!いらっしゃいませ!」
彼女の後ろには、少し緊張した面持ちのお付きの女性――きっとお母さんだろう。
お嬢さまは腕に抱えたドレスを差し出した。
「このドレス……嫌いなの。ふわふわして、重たくて……何とかならない?」
私はにっこり笑って両手を差し出す。
「等価交換、しますね!」
心の中でイメージするのは、前世でよく見たスマートなスーツ。
体に馴染むライン、動きやすい素材――
「変われ、素敵なスーツに!」
ドレスが光を帯び、ふわりと輝いたかと思うと、次の瞬間、そこに現れたのは、気品ある仕立てのスーツだった。
シックな色合いのジャケットに、軽やかなスカート。
袖を通しやすいよう、伸縮性のある布地まで加えてある。
「……すてき……!」
お嬢さまの目がきらきらと輝く。
「わあ、本当に軽い!これなら走れる!」
その姿を見た後ろのお母さんが、少しだけ苦笑して肩をすくめる。
「まあ……可愛いドレスを着てくれると思っていたのに……でも、あなたが喜ぶなら、それでいいわね。」
兄たちは「すごいだろ!」と誇らしげに胸を張り、他のお客さんたちも「次は私も頼もうかしら」とひそひそ話をしている。
父は小屋の後ろでその光景を見守り、満足そうに頷いていた。
「ネセレ、いい店になったな。」
「はい!これからも、いっぱい作ります!」
カウンターの奥で、私は小さな手を振った。石ころも、枝も、古びたドレスも、私の手の中で新しい命を得て、誰かを笑顔にする。
ネセレ、3歳。本物のお店のカウンターの向こうから、未来の夢を見つめた秋の出来事である。