秋の風が涼しくなってきた頃、事件は起こった。
お店がますます評判を呼び、庭先には毎日のようにお客さんが訪れていた。そんなある日のことだ。
「ここが例の『異界の錬金釜』か……。」
門の外から不穏な声が聞こえた。
現れたのは、見慣れぬ鎧姿の男たち。
剣を帯びており、視線はまるで獲物を狙うようだった。兄たちがとっさに私の前に立つ。
「おい、そこの子供だな。こっちへ来い。」
「……? あなたたちはだれ?」
「俺たちと来れば、もっといい暮らしができるんだぞ。ほら、さっさと支度しろ。」
言葉は甘いが、目は笑っていない。
ぞくりと背筋が冷えた瞬間、門の奥から力強い声が響いた。
「……うちの娘に、なんの用だ?」
父だった。大股で歩み出ると、ただそれだけで空気が張り詰める。
辺境伯として鍛えた気迫がその場を覆った。
「お、お前は……辺境伯か……!」
「さっさと失せろ。今なら見逃してやる。」
父の一言で、男たちは舌打ちしながらも退散していった。胸をなでおろした私に、父は優しく笑いかける。
「大丈夫だ、ネセレ。お前を誰にも渡さん。」
けれど、その夜、母や兄たちと話し合う中で、不安が胸をよぎった。
父が外に出ているとき、もしまた悪いやつが来たらどうしよう……?
「……お父さまがいないときが心配です。」
「そうね……護衛を雇いましょうか。」
◇◇◇
それから数日後。
いつものようにお店を開いていると、ひとりの男がやってきた。
くたびれた外套を羽織り、腰には折れかけの剣を下げている。
「嬢ちゃん、これ……直せるかね?」
差し出された剣は、刃こぼれし、鞘もひび割れていた。私は剣を手に取り、じっと見つめる。
前世で読んだ鍛冶の知識を思い出しながら、心の中でイメージを描く。
「等価交換……新しい剣に。」
光が走り、剣は瞬く間に生まれ変わった。
銀色の刃は鋭く、鞘には簡素ながらも美しい装飾が施されている。
「……おお……すげえ……!」
男は手にした剣をしげしげと眺め、ふいに膝をついた。
「嬢ちゃん……いや、ネセレ様。俺を雇ってくれないか。俺はもとは傭兵だ。今は落ちぶれてるが、この剣があればまだ戦える。あんたを、守らせてくれ。」
「ほんとに?おじさん、強いの?」
「少なくとも、腕には覚えがある。命に代えても、あんたを守る。」
母は目を細め、兄たちは「おお!かっこいい!」と声をあげる。
父が不在のときの護衛役……これ以上ない人材かもしれない。
「じゃあ、お願いします!おじさん、これから私のお店の仲間です!」
「……ああ、任せとけ。」
こうして、私の小さなお店に新しい仲間が増えた。
庭先の風は冷たくなり始めていたが、胸の中は不思議と温かかった。
ネセレ、3歳。小さなお店と大切な家族を守るため、頼もしい護衛さんを迎え入れた初冬の出来事である。