春の柔らかな陽射しのなか、私は6歳の誕生日を迎えた。兄たちがクラッカーを鳴らし、母が大きな箱を抱えてやってくる。
「お誕生日おめでとう、ネセレ!」
「わぁ……ありがとう!」
箱を開けると、中には新しいドレスが入っていた。
淡い桃色の布地に、繊細な刺繍が施されている。私は思わず頬をゆるませ、さっそく袖を通した。
「すてき!似合ってるぞ!」兄たちが口々に褒めてくれる。
しかし――その日の午後、父が少し困ったように声をかけてきた。
「ネセレ、今日は……実は、お見合いの話があるんだ。」
「お見合い?」
「隣領の貴族のお坊ちゃんだ。お前に会ってみたいと言っていてな。」
◇◇◇
新しいドレスを着て、そのお屋敷を訪れた。
けれど、玄関に入った瞬間に私は思わず目を丸くした。
「……あれ? なんだか、壊れたものが多い……?」
廊下にはひびの入った花瓶、庭には壊れかけのベンチ、厨房には取っ手の取れた鍋……あちこちに、直せそうなものが転がっていた。
「えっと、お見合いの……」と言いかけたけれど、気がつけば私は作業台を広げていた。
「等価交換……花瓶を元通りに!」
「等価交換……ベンチを丈夫に!」
「等価交換……鍋を新品同様に!」
次々とものを修復していく私に、屋敷の人たちは目を丸くし、やがて笑顔を浮かべていく。
噂を聞きつけた領地の人々もやってきて、「これもお願いできますか?」と次々と依頼をくれた。
気づけば、私はすっかり『出張異界の錬金釜』の店主になっていた。
兄たちも一緒に手伝ってくれ、護衛のおじさんが人の波を整理してくれる。
「すごいなネセレ、こりゃあ本物だ。」
◇◇◇
夕暮れ時、すべての修復が終わったころ、ようやく私は思い出した。
「……そうだ、お見合い……!」
待っていた貴族のお坊ちゃんが、少し困ったように微笑んだ。
「すごいね、ネセレさん……。でも、君は偉大すぎて……僕なんかじゃ釣り合わないよ。」
「えっ……?」
「きっと、もっと大きな未来が君を待っていると思うんだ。」
そう言って彼は優しく頭を下げた。私は思わず笑ってしまった。
「……そっか、ありがとう。」
◇◇◇
帰り道、リヤカーには修復道具と空の材料箱が揺れている。
兄たちが「またすごいことやっちゃったな!」と笑い、護衛のおじさんは「釣り合わないなんて言われる六歳児も珍しいな」と豪快に笑った。
新しいドレスが風に揺れ、胸の奥が不思議と軽やかだった。
ネセレ、6歳。お見合いよりも修復を優先した出張異界の錬金釜。釣り合わないと言われて、ちょっとだけほっとした春の出来事である。