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第35話:6歳のお誕生日と出張異界の錬金釜

春の柔らかな陽射しのなか、私は6歳の誕生日を迎えた。兄たちがクラッカーを鳴らし、母が大きな箱を抱えてやってくる。


「お誕生日おめでとう、ネセレ!」


「わぁ……ありがとう!」


箱を開けると、中には新しいドレスが入っていた。


淡い桃色の布地に、繊細な刺繍が施されている。私は思わず頬をゆるませ、さっそく袖を通した。


「すてき!似合ってるぞ!」兄たちが口々に褒めてくれる。


しかし――その日の午後、父が少し困ったように声をかけてきた。


「ネセレ、今日は……実は、お見合いの話があるんだ。」


「お見合い?」


「隣領の貴族のお坊ちゃんだ。お前に会ってみたいと言っていてな。」


◇◇◇


新しいドレスを着て、そのお屋敷を訪れた。


けれど、玄関に入った瞬間に私は思わず目を丸くした。


「……あれ? なんだか、壊れたものが多い……?」


廊下にはひびの入った花瓶、庭には壊れかけのベンチ、厨房には取っ手の取れた鍋……あちこちに、直せそうなものが転がっていた。


「えっと、お見合いの……」と言いかけたけれど、気がつけば私は作業台を広げていた。


「等価交換……花瓶を元通りに!」


「等価交換……ベンチを丈夫に!」


「等価交換……鍋を新品同様に!」


次々とものを修復していく私に、屋敷の人たちは目を丸くし、やがて笑顔を浮かべていく。


噂を聞きつけた領地の人々もやってきて、「これもお願いできますか?」と次々と依頼をくれた。


気づけば、私はすっかり『出張異界の錬金釜』の店主になっていた。


兄たちも一緒に手伝ってくれ、護衛のおじさんが人の波を整理してくれる。


「すごいなネセレ、こりゃあ本物だ。」


◇◇◇


夕暮れ時、すべての修復が終わったころ、ようやく私は思い出した。


「……そうだ、お見合い……!」


待っていた貴族のお坊ちゃんが、少し困ったように微笑んだ。


「すごいね、ネセレさん……。でも、君は偉大すぎて……僕なんかじゃ釣り合わないよ。」


「えっ……?」


「きっと、もっと大きな未来が君を待っていると思うんだ。」


そう言って彼は優しく頭を下げた。私は思わず笑ってしまった。


「……そっか、ありがとう。」


◇◇◇


帰り道、リヤカーには修復道具と空の材料箱が揺れている。


兄たちが「またすごいことやっちゃったな!」と笑い、護衛のおじさんは「釣り合わないなんて言われる六歳児も珍しいな」と豪快に笑った。


新しいドレスが風に揺れ、胸の奥が不思議と軽やかだった。


ネセレ、6歳。お見合いよりも修復を優先した出張異界の錬金釜。釣り合わないと言われて、ちょっとだけほっとした春の出来事である。

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