王立画学院が主催する次の展覧会——
それは、国家主催の祭典「建国記念美術展」。
貴族、政府、聖職者、そして国王までもが訪れる**“公的美”の集大成**だった。
テーマは、《国家と信仰》。
学生に求められるのは、「祖国の繁栄と、正統な信仰の姿」を描くこと。
王政五百年を祝うこの年、王立画学院に下された命題は、《国家と信仰》。
美術は“神政”を支える柱であり、王政を祝福し、民を導く光であれ——
それが、王家の求める“芸術の役割”だった。
学院長はこう言った。
「この国の神である“国王陛下”を描け。“崇高さ”を描け。それが、芸術の使命だ」
ユンとヴァロワはその夜、アトリエで顔を突き合わせた。
「国王陛下を描けって言われて、どうする?」
ユンが問いかけると、ヴァロワは筆を握ったまま答えた。
「描いてやろう。……“国王陛下”中心ではない世界”を」
それからの日々、二人のアトリエには、絵の具と溶剤の匂い、そして熱を帯びた議論が満ちていた。
ヴァロワが緻密な人体構造と正確な遠近法で絵の骨格を組み上げると、ユンはそこに、感情の揺らぎを写し取るかのように、あえて筆致を乱し、色彩を重ねた。
ヴァロワはユンの予測不能な感性に驚き、ユンはヴァロワの完璧な計算力に舌を巻いた。
時に意見がぶつかり、筆を投げ出しかけることもあったが、お互いの「描きたい」という衝動が、異なる二つの才能を確かに融合させていった。
二人が描こうとしていたのは、教義に従った偶像ではなかった。
人々の祈りが届く前の“空虚”と、“光”を求める叫び。
モチーフは——
女王が貧しい民衆に手を差し伸べる姿。
天から差し込む光は、神ではなく、彼ら自身が生み出す希望だった。
それは、王政と宗教を“美で飾り立てる”ことを拒否する、明確な挑発。
完成間近、学院の主任教官がアトリエを訪れた。
作品を見るなり、顔が歪む。
「これは……冒涜だ。崇拝されるべき国王陛下を否定している!」
「芸術は感情の吐露ではない。“統一された美”こそが秩序を築き、国家を導くのだ!」
彼は怒りに満ちて叫ぶ。
「この絵を展示すれば、お前たちは追放処分になるだろう。学院を、国家を、侮辱する気か!」
ユンが反論した。
「違う。現実があまりにも酷いから理想を描いたのです。理想の美を描くのが芸術ではありませんか?そんなに、写実がお好きなら、苦しんでる民衆の姿を描いてはどうですか?」
また、ヴァロワが前に出る。
「“国王陛下”を否定してるんじゃない。
依存を、否定してるんだ。
この世界に、“崇拝”ではなく“慈悲”を描いて何が悪い」
教官は去り際に言い放った。
「展示を取り下げなければ、作品は検閲される」
そして、展示会当日。
貴族たちの肖像画、聖人たちの黄金画、軍神に祈る壮大な構図の中で——
一際異様な絵が、ぽつんと一枚、展示されていた。
それが、ユンとヴァロワの共作。
「無名の光」
他の作品が煌びやかな額縁に収まり、神々しい光を放つ中で、
二人の絵は、まるで薄暗い現実の片隅を切り取ったかのように、
くすんだ色調と荒々しい筆致で存在感を放っていた。
背景はほとんど抽象的なにじみで、細部に至る写実性は欠片もない。
だが、中央に描かれた女王と民衆の姿には、息をのむような生々しい感情が宿っていた。
人々は足を止めた。
「何だこの絵は!」
「王家への侮辱か!」
「学院はこんなものを許すのか!」
怒りを露わにして、罵声が飛び交った。
そうして、一枚の絵に——視線が集まっていた。
誰もが目を逸らせなかった。
また、絵の前で膝をつく若者。
無言で涙をぬぐう老兵。
そして——その場で筆を折る若き画学生もいた。
展示から数日後、新聞にこう書かれた。
「王立画学院に異端が芽吹いた。
その筆は、権力を否定したのではない。ただ、“人間”を描いた。
絵画はただの表象にすぎない。だが、社会がこれほど揺れ動いたという事実こそが、それが“本物の芸術”だった証明である。」
その絵の名を、人々は記憶する。
だが、それを描いた者たちの名は——
革命と呼ばれるまでは、ただの“異端”。
ユンとヴァロワの絵は、展示こそ許されたものの、公式記録から抹消された。
だがその“抹消”こそが、火に油を注いだのだった。
「あの異端の絵が公式記録から消されたらしいぞ」
「きっと王家が圧力をかけたんだ」
「それほどまでに、彼らにとって都合の悪い『真実』が描かれていたってことだろう!」
学院の学生たちはもちろん、画商や市民の間でも、消された絵の噂は瞬く間に広まっていった。
目にした者はもちろん、見ていない者たちも、その絵が「何か特別な意味を持つ」と認識し始める。
権力による隠蔽は、かえって人々の好奇心と反骨精神を刺激し、
ユンとヴァロワの「無名の光」は、見えない場所で、より強い輝きを放ち始めていたのだ。