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第12話 密告と焚書、そして地下に咲く

 地下アトリエに灯った光は、静かに、しかし確かに広がっていた。

街の片隅にいる労働者たち、学院から追われた若者たち、そして名もなき市井の人々。

彼らは夜な夜な、地図にも載らぬその空間に集まり、声もなく“見る”ことでつながっていた。


だが、ある日を境に、空気が変わる。


「誰かが……密告した」

ヴァロワが持ち帰ったのは、文化省の最新の通達だった。

“非合法な展示活動、および反国家的な絵画の流通が確認された。関係者は発見次第拘束すること”


ユンは無言で壁を見つめた。

そこには、彼女が描いた《静かなる始まり》がまだ貼られていた。

けれど、その絵は、すでに“証拠”として命を狙われる存在になりつつあった。


「私の絵が、誰かを危険にさらしてる……?」


その夜、地下アトリエの入り口に火が放たれた。

放火犯の姿はなかったが、逃げ遅れた少年が軽い火傷を負った。

翌朝、壁に描かれていた絵のいくつかは、すすにまみれていた。


だが——燃え残ったものがあった。


黒く焦げた壁の中に、ひとつの絵だけがくっきりと残っていた。

それは、ヴァロワが炭で描いた“泣きながら笑う少女”の絵だった。

輪郭は崩れかけていたが、表情だけはなぜか、鮮やかに残っていた。


「焚書(ふんしょ)っていうのは、文字だけじゃないんだな」

ヴァロワが呟いた。

「でも、火でも消せないものがあるって、証明してしまった」


ミレイユは、包帯を巻いた手で小さな冊子を差し出した。

「これ、描いた人たちの名前も、言葉も、ぜんぶ記録してるの。場所が消えても、声は残るから」


その冊子の表紙には、こう書かれていた。

《誰にも消せない絵》


ユンはそれを受け取り、静かにページをめくった。

誰かが描いた鉛筆画、誰かの残した言葉、そして——

自分の描いた、あの群衆の顔もそこにあった。


「ここが終わるなら、また次を探せばいい」

ユンは言った。

「地下が燃やされるなら、今度は屋根の上から始める。描く場所がなければ、空間を超えて描く」


ヴァロワは少しだけ笑って頷いた。

「じゃあ、筆は折らずに済みそうだな」


夜明け前、ふたりは焦げた地下室をあとにした。

もう“戻る場所”ではなかった。

そして・・・・・・ここからが”新しい絵の始まり”でもあった。



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