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第14話 壁に咲いた連帯の花

 壁画が塗り潰された翌朝、広場には村人たちが集まっていた。

誰がやったのか、皆が顔を見合わせるばかりだった。だが、責める声はなかった。


ただ、沈黙の中で、誰もが「これは終わりではない」と悟っていた。


ユンは黒く塗られた部分に手を触れ、深く息を吸った。

その“黒”は、否定ではなく、問いだった。

「あなたたちは、まだ描くつもりか」と。


ユンは応えた。

「描くよ、みんなと一緒に」


その日から、壁は“個人の絵”ではなくなった。

ユンはあえて、自分のサインを入れなかった。

代わりに、村人たち一人ひとりの手形と名前が、絵の端に押されていった。


塗り潰された箇所には、花が描かれた。

農夫の手から咲いたヒマワリ、編み物をする老女の周りに舞うポピー、空を見上げる子どもとその頭上に浮かぶタンポポ。


ヴァロワが炭で描いたのは、壁に寄り添う人々の姿だった。

背中合わせに立つ者、腕を組む者、笑う者、泣く者——

そのどれもが、壁そのものと一体になっていた。


「これはもう、ただの“絵”じゃない」

ナイルがぽつりとつぶやいた。

「ここにいる人たちの記憶そのもの、この場所で生きてきた“証明”なんだよ」


やがて村の外からも、絵を見に人がやってきた。

元学院生、絵を禁じられた修道士、街で作品を破られた若き女流画家——

彼らはそれぞれの絵具を持ち寄り、少しずつ、少しずつ、壁の上に“声”を重ねていった。


誰かが言った。

「これは、描かれたことがある人のための壁だ」

別の誰かが応じた。

「いや、“まだ描かれていない人”のための壁だよ」


ユンは、筆を置いて振り返る。

そこには、もう自分ひとりの世界はなかった。

この壁は、痛みを抱える者たちが自ら描き、そして立ち会う“連帯”の記録になっていた。


だが、それと同時に——またひとつの危機が近づいていた。


王都では、ユンたちの活動を“反体制的な集団芸術運動”と名指しする機関紙が発行されていた。

「地下美術館の残党による扇動活動」

「絵による共感を利用した組織的抵抗の疑い」


そしてついに、文化省直属の取締官がこの村へ向かったという情報が入った。


ヴァロワは告げる。

「逃げるなら、今だ。君がここにいると、全員が巻き込まれる」


だがユンは、首を横に振った。


「私は、もう“私の絵”を描いてない。

ここに残ってるのは、“みんなの絵”なの。

だから、これは——もう私の物じゃないの」


彼女の言葉に応えるように、村の者たちが立ち上がった。


「この壁を守るよ」

「この絵を、渡さない」


それは声なき革命だった。

武器もない。旗もない。ただ、絵と人だけがある。


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