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第27話 偉大なる影、その冠の重さ


 白い大きな建物の前で、ユンたちは立ち止まった。青空の下、丸いドームが太陽を反射してきらめいていた。ここは記念館。この国をまとめあげた英雄、エルディアス王をたたえる場所だ。


 重たい扉を開けて中に入ると、すぐに目を奪われた。


 広い壁いっぱいに飾られた一枚の絵。《大陸王エルディアスの戴冠》。

 王が自分の手で冠を掲げ、まわりには、ひざまずく貴族や兵士たち。

 王の目はまっすぐ前を向き、その顔には強さと決意が表れていた。まるで神話の中の人物のようだった。


 「……すげえな」ナイルが声をもらした。

 「これが、民を守り、国を導いた王……エルディアスか」


 そのとき、後ろから静かな声が聞こえた。


 「これは“見せるための真実”だよ」


 三人がふり返ると、上品な服を着た男が立っていた。銀色の刺しゅうがほどこされた襟と、きちんとした姿勢。鋭い目が印象的だった。


 「ジャン=ロラン・ド・サン=マルク。私はこの絵を描いた者だ」


 その名に、ヴァロワの目がわずかに見開かれた。

 ジャン=ロランは有名な歴史画家だ。戦争や革命の時代を生き、いくつもの名画を描いてきた人物だった。


 「英雄とは、混乱の中で生まれる」とジャン=ロランは言った。

 「エルディアスは、人々が求めた“光”だった。だからこそ、こうして絵に残された」

 彼は王の顔を見つめながら、続けた。

 「でも、絵は“永遠”だ。本当の姿よりも、美しく強く描かれてしまう。時がたてば、それが事実になってしまうんだ」


 ユンはじっと絵を見ていた。

 そして小さくつぶやいた。

 「……この王様、少しだけ悲しそうにも見える」


 ジャン=ロランは少しだけ笑った。


 「よく気づいたね。描いていたとき、私自身にもわからなかった。でも、筆は本音を隠せない。悲しさも、迷いも、ちゃんと残るんだ」


 するとヴァロワが静かに言った。

 「でも、王の理想も、やがて忘れられる。正しさなんて、時代が変われば意味を失う」


 ジャン=ロランは、まっすぐ三人を見つめた。

 「だからこそ、絵を描く意味がある。

  君たちは、何を残したい? 熱い思い? 大きな声? それとも、ただの美しさか?」


 三人は少しだけ黙った。


 でも、ユンは一歩前に出て、しっかりと顔を上げた。


「私は……誰かの記憶に残したい。

歴史に名前が残らないような人たちの、小さな想いや祈りを。

みんなが忘れてしまうような何かを、絵にしたいんです」


 ジャン=ロランの目がやわらいだ。

 ……かつて、自分もそう願っていたことがあった。

そんな記憶が、彼の胸にふとよみがえった。

 それは、たくさんの戦いと歴史を見てきた男が、若い情熱に心を動かされた瞬間だった。


 「……君には、君だけの“英雄”がいるのかもしれないね」


 その言葉に、ユンの胸が少し熱くなった。


 そして気づく。

 英雄を描くということは、ただ偉大な人を写すだけではない。

 自分自身が、どんな未来を見ているか——それを描くことでもあるのだ。


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