白い大きな建物の前で、ユンたちは立ち止まった。青空の下、丸いドームが太陽を反射してきらめいていた。ここは記念館。この国をまとめあげた英雄、エルディアス王をたたえる場所だ。
重たい扉を開けて中に入ると、すぐに目を奪われた。
広い壁いっぱいに飾られた一枚の絵。《大陸王エルディアスの戴冠》。
王が自分の手で冠を掲げ、まわりには、ひざまずく貴族や兵士たち。
王の目はまっすぐ前を向き、その顔には強さと決意が表れていた。まるで神話の中の人物のようだった。
「……すげえな」ナイルが声をもらした。
「これが、民を守り、国を導いた王……エルディアスか」
そのとき、後ろから静かな声が聞こえた。
「これは“見せるための真実”だよ」
三人がふり返ると、上品な服を着た男が立っていた。銀色の刺しゅうがほどこされた襟と、きちんとした姿勢。鋭い目が印象的だった。
「ジャン=ロラン・ド・サン=マルク。私はこの絵を描いた者だ」
その名に、ヴァロワの目がわずかに見開かれた。
ジャン=ロランは有名な歴史画家だ。戦争や革命の時代を生き、いくつもの名画を描いてきた人物だった。
「英雄とは、混乱の中で生まれる」とジャン=ロランは言った。
「エルディアスは、人々が求めた“光”だった。だからこそ、こうして絵に残された」
彼は王の顔を見つめながら、続けた。
「でも、絵は“永遠”だ。本当の姿よりも、美しく強く描かれてしまう。時がたてば、それが事実になってしまうんだ」
ユンはじっと絵を見ていた。
そして小さくつぶやいた。
「……この王様、少しだけ悲しそうにも見える」
ジャン=ロランは少しだけ笑った。
「よく気づいたね。描いていたとき、私自身にもわからなかった。でも、筆は本音を隠せない。悲しさも、迷いも、ちゃんと残るんだ」
するとヴァロワが静かに言った。
「でも、王の理想も、やがて忘れられる。正しさなんて、時代が変われば意味を失う」
ジャン=ロランは、まっすぐ三人を見つめた。
「だからこそ、絵を描く意味がある。
君たちは、何を残したい? 熱い思い? 大きな声? それとも、ただの美しさか?」
三人は少しだけ黙った。
でも、ユンは一歩前に出て、しっかりと顔を上げた。
「私は……誰かの記憶に残したい。
歴史に名前が残らないような人たちの、小さな想いや祈りを。
みんなが忘れてしまうような何かを、絵にしたいんです」
ジャン=ロランの目がやわらいだ。
……かつて、自分もそう願っていたことがあった。
そんな記憶が、彼の胸にふとよみがえった。
それは、たくさんの戦いと歴史を見てきた男が、若い情熱に心を動かされた瞬間だった。
「……君には、君だけの“英雄”がいるのかもしれないね」
その言葉に、ユンの胸が少し熱くなった。
そして気づく。
英雄を描くということは、ただ偉大な人を写すだけではない。
自分自身が、どんな未来を見ているか——それを描くことでもあるのだ。