広場にそびえる白亜のドームは、大陸王エルディアスを称える記念館だった。
彼は、戦乱の時代に民衆を率い、国を統一した偉大な英雄である。だが、その正体は単なる王ではなかった。
エルディアスは、一族の三代目であり、祖父が築いた王朝の血を引き継ぎながら、自らの手で歴史を塗り替えた男だった。
その伝説は、かつて大陸を揺るがした一人の若き将軍に似ている。
彼もまた、激動の時代に軍を率い、王冠を自らの手で戴いた。その姿は民衆の希望と畏怖を一身に集めたが、同時に孤独と重圧も背負っていた。三世代にわたり続く家族の宿命を背負った、その英雄の影が、今も人々の心に深く刻まれている。
記念館の中央には、ジャン=ロラン・ド・サン=マルクの
玉座の間で、群臣たちがひざまずく中、若きエルディアス王は誇らしげに冠を掲げていた。
強い光が彼の額を照らし、その瞳は未来を見据えている。
「これは英雄の姿を描いたが、実は私自身の心の葛藤でもある」
と、燕尾服姿のジャン=ロランが語った。
「英雄とは歴史の産物であり、演出されたイメージだ。私はその虚実の狭間を筆で追い求めたのだ」
「……時には、自分自身を偽ってまで、英雄を美しく描いたこともあった。
だが筆は正直だ。どれほど隠しても、影は残る。いや、残ってしまうんだ」
ユンはその言葉に深く頷いた。
彼女はジャン=ロランの絵から、ただの英雄像ではなく“人間の影”を見て取った。
そして彼の筆致が持つ力強さと繊細さに心を奪われていた。
「ジャン=ロランの絵は、私たちに何を伝えているのだろう?」
ヴァロワが小さく呟いた。
その夜、三人はアトリエの静かな一角で、それぞれのキャンバスに向かった。
ユンは《歴史の重み》と名付けた絵に、三世代の王の肖像を重ねて描いた。
光と影が交錯し、栄光と孤独の両面を映し出そうとした。
……だが描き終えたとき、ユンの胸には新たな問いが残った。
「栄光でも、孤独でもない、“生”そのものを、私は描けるのだろうか?」
ヴァロワは《揺れる誓い》という作品を描いた。
そこには、冠を手にするエルディアス王だけではなく、彼の前で未来を誓い合う人々の姿が描かれていた。
王の影に怯え、希望と不安が入り混じる群衆の表情を通じて、英雄を支える民の心情を表現している。
翌朝、ジャン=ロランは二人の作品をじっと見つめ、静かに語った。
「君たちは、私が何十年も追い続けたテーマをしっかり受け継いでいる。
英雄の影はただの栄光ではない。
その裏にある重さや葛藤、そして未来への問いかけこそ、絵の命なのだ」
ユンとヴァロワは互いに目を合わせ、深く頷いた。
歴史の英雄の“偉大なる影”は、彼らに新たな表現の道を示していたのだった。