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第40話 ポーノが問う、誰のための絵か


 その日、ユンたちは無機質なビル群の一角にある、奇妙な色彩で塗られた部屋に迷い込んだ。

 壁一面、赤や黄や蛍光ピンクのポスターが埋め尽くされていた。中には有名人らしき人物の顔が、何十枚も反復されて貼られているものもある。どれも、色が微妙に違っていた。


「商業とアートを混ぜやがった、ろくでなし……いや、天才か」

ナイルが、顎をさすりながらつぶやいた


 部屋の中央には、一人の青年が座っていた。金髪で、サングラスをかけている。名はポーノ・フィリッジ。


 「僕の仕事は、世界に溢れる『顔』をもう一度見直させることなんだ。皆が飽きるほど見たスープ缶やアイドルの顔に、もう一度“意味”を与える」


 ヴァロワは不思議そうに彼の作品を眺めていた。

 「なぜ同じものを何十枚も描く?」

 「それが現代なんだよ。広告も、ニュースも、同じ顔を何度も使う。それをアートにすれば、世界の“コピー性”が浮き彫りになる」


 ユンは、少し戸惑いながら聞いた。

 「アートって、もっと“自分を表現するもの”じゃないの?」

 ポーノは笑った。

 「ユン、アートは“自分のため”だけのものだと、いつから思ってた? 観客の中で完成するものもある。大衆の中に溶けていく絵も、立派な表現なんだよ」


 ナイルはうなずいた。「こいつのポスターは、何百枚と刷ってばらまいてる。けど、その中の一枚が、誰かの部屋の壁に貼られたり、雑誌に載ったりして、記憶に残る。……それでいいんだろうな」


 その夜、ユンは夢を見た。

 無数の顔が印刷された紙吹雪のように空から舞い降りる中、自分の顔がゆっくりと絵になってゆく。

 だがその顔は毎回違っていた。赤、青、緑、金……色が変わり、表情が変わる。なのに、どれも自分だと分かった。


 目覚めたユンは、キャンバスに向かった。シルクスクリーンの代わりに、スタンプのように筆を使って、何枚も何枚も、同じ形を繰り返した。

 「これが……私?」


 ヴァロワも、夢の中で“記号化された自分”を見ていた。モノクロの制服姿で無数に並ぶ人々の中、彼だけが立ち止まって振り返る。

 彼が描いたのは、同じ人物の肖像をグリッドに並べた作品だった。だが、それぞれの目だけが微妙に違っていた。


 「これは……社会の中で“個”を保とうとする意志。そんなつもりはなかったが、そうなってしまった」


 ポーノは、二人の絵を見て、静かに言った。

 「いいね。“絵”ってのは、アートの顔をして、世界を写す鏡にもなる。誰かがそれを見る時、そこに自分の顔が映るかもしれない」


 ナイルが言った。「こういう絵も売れる。少なくとも、目には留まる。アートは、記憶に残ってナンボだ」


 カラフルで、反復され、笑いと寂しさが同居するような夜だった。


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