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第42話 ユンの芸術哲学の確立と、新たな一歩


 その日、ユンの新作名もなき日々が、画家たちの終着点にして出発点であり、

 かつこの国最高峰の芸術が集う場所、王都の中央美術館でついに公開された。


 異世界に転生してからの旅路・・・・・・ユンが出会ってきた数々の画家たち、思想、色彩、形。すべてがこの一枚に注ぎ込まれていた。


 写実ではない。幻想的でありながらも、あくまで人の〈生〉の気配が宿っている。

 大地を割って咲く百の花々。上空には、キャンバスのはるか向こうから射す光。

 その光の中に、歩く少女の影があった。後ろ姿だけが描かれ、顔は見えない。

 けれど人々は、誰の姿かを一目で理解した。

 ・・・・・・これは、彼女自身の肖像なのだ。


 後に彼女は語る……

「旅で知ったことは一つだけ。

芸術は決して答えじゃない。

それは問いかけ続ける勇気だ。」


「……なぁ、ユン」

 ナイルが展示室のバルコニーで、一瞬言葉を選ぶように間を置いてから口を開いた。


「お前が“終わりの庭”って名付けたから、てっきり、旅も終わりにしたいって意味かと思った。でも違うんだな」

「うん。終わるって、ただ終わるんじゃないんだと思う。

 誰かのなかで“続く”ために、ちゃんと、咲かせて終わらせたかった」

「そういうとこ、ずるいくらい綺麗だよな」

 ナイルは照れ隠しのように笑って、後ろから花束を差し出した。

「……本当は、今日のために用意してた。あんまり綺麗に渡せないけど」

 ユンは驚いたように目を見開いて、そして柔らかく笑った。

「ありがとう!すごく、すごく嬉しい!!」

 彼女がそっと手を伸ばすと、ナイルは少し顔を赤らめながら渡した。


 一方そのころ、展示室の一角では——

「あなたの絵は、ほんとうに変わった」

 ミレイユが言った。

 ヴァロワの作品輪廻の肖像は、展示された中で最も観念的だった。一本の樹に、過去の名画の断片が絡みつき、天を向いて枝を伸ばす。まるで、彼の心象風景そのもののようだった。

「変わったのは……絵じゃない。僕の目線のほうさ」

 ヴァロワがまっすぐにミレイユを見る。

「僕は、ずっと『描かれるもの』を信じすぎてた。けれど今は、『見る人』の目線のほうが……信じられる気がする」

「ふふ。難しくてわからないけど、あなたが私を見てくれてるってことだけは、わかる」

 ミレイユがそう言って、風に揺れる髪をそっと押さえた。


 その夜、展示会場を離れたユンたちは、王都の丘の上にある塔のてっぺんにいた。

「明日から、どうする?」

 ナイルが尋ねると、ユンは少しだけ遠くの灯を見つめる。

「また描くよ。今度は、誰のためでもない、私の絵を」

 その言葉に、ヴァロワも頷いた。

 光はまだ遠く、けれど確かに、彼女たちの上に降りそそいでいた。


 ——物語は、次のページへ。

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