アトリエの窓から差し込む午後の光は柔らかく、だがユンの胸にはどこか重い影が落ちていた。
手元に置いた新聞のページを、指先が何度もなぞる。
「借り物の魂。祈りの模倣」——カロンの言葉は、まるで冷たい刃のように刺さり続けていた。
「これ、本当に私のことを言ってるの?」
ユンは呟いた。ナイルが煎れた濃いめのコーヒーを一口飲み、ゆっくりと椅子に沈む。
「……カロンはお前の敵かもしれないけど、敵が言うことの中に真実がないわけじゃない」
そう言いながら、ミレイユが資料の山から顔を上げた。
「借り物って……誰の魂のことを指してるのかしら?」
ユンはうつむき、こぼすように答えた。
「たぶん……私の中にある、過去に見た祈りのイメージ。あの絵やこの絵、どこかで何度も目にした表現の断片だと思う。自分が本当に祈った経験じゃなくて、描くための“借り物”」
ヴァロワが壁にもたれながら、眉をひそめる。
「そいつは、キツい言葉だな。でも、それに気づけるってことは、まだ進めるってことだろ?」
「そうかもしれないけど……悔しい。自分の絵が本物じゃないなんて、認めたくない」
ミレイユが立ち上がり、ユンの目をまっすぐに見つめる。
「でも、認めることから始まるんじゃない? “借り物の祈り”だとしても、それを越えられるかどうかはあなた次第よ。カロンは何も“否定”しているわけじゃない。問題提起してるの」
「問題提起……」ユンが繰り返す。
ナイルがマグカップを手に取り、手慣れた動作でインスタントコーヒーをスプーン一杯落とした。湯を注ぎかけて、ふと手を止める。
「カロンの言葉は厳しいけど、無駄じゃない。むしろ、それを反論するための材料だ。売れたってのは、そいつが目に止めたってことでもある。俺はそう思う」
「そうだよね……」ヴァロワも頷いた。
「批評があってこそ、反論も成り立つ。黙っているだけじゃ何も伝わらないんだ」
ユンは静かに立ち上がり、キャンバスに向かった。
「じゃあ、私は次の作品で自分の祈りを描く。誰かのイメージじゃなくて、私が祈ったときの気持ちを」
「それはいいわね」ミレイユはにっこり微笑んだ。
「あなたの祈りがどんな形か、私も楽しみにしてる」
ヴァロワも絵筆を手に取り、ぽつりと言った。
「絵は叫びだ。自分の声を響かせろ」
その言葉に、ユンは頷いた。
新しい決意が、心の中で静かに燃え始めていた。