冷たい秋風が街角を吹き抜け、枯れ葉が踊る季節となった。
ユンとヴァロワの作品は、かつての輝きを失い、市場での評価を次第に落としていった。
カロンの毒舌批評は単なる一過性の話題ではなく、複数のメディアで連続して取り上げられ、彼の言葉は重みを持って二人の名前に付きまとった。
「過剰な自己表現」「危うい才能」というレッテルが、市場の評判を塗り替えたのだ。
画商として二人の未来を背負うナイルの顔には、日に日に深刻な色が増していった。
展示依頼は相次いでキャンセルされ、予約していた個展の話も白紙に戻された。
彼は暗い倉庫の隅でひとり、深い溜息を漏らした。
「……正直、売るのが難しい」
独り言のように呟いたその声に、焦りと不安がにじみ出ていた。
その頃、ユンはそんなナイルを遠くから見つめていた。
手に持った画廊の展示スケジュールは、ほとんど空欄だった
まるで自分たちの絵が社会からそっぽを向かれているかのように感じられた。胸の中ではじわじわと焦りが広がっていく。
「ナイル……無理はしなくていいんだよ」
ユンの声は静かだった。
「君がそんなに苦しむ必要はないよ」
彼女の瞳には、言葉にできない葛藤が揺れていた。
だが、ナイルは首を振る。
「そんなこと言えない。俺が諦めたら、君たちの未来もそこで終わってしまう。ここで手を引くわけにはいかないんだ」
その決意は揺るがなかった。
しかし、その覚悟の裏で、ナイルは密かに正規ルート以外の道を模索し始めていた。
主流の画廊が彼らの過激な作品を受け入れないのなら、闇に隠れた市場――いわゆる裏ルートのコレクターやバイヤーに接触し、作品の価値を見出してもらおうと考えたのだ。
そこには、表の世界では届かない熱狂的な支持者たちが潜んでいることを知っていた。
「裏ルートは危険よ」
ユンは不安げに声を潜めて言った。
「そこでは正当な評価も保証もなくて、作品が歪められたり、汚されたりするかもしれない」
「でも……君の絵を本当に理解してくれる人がいるなら、俺はそこに届けたい」
ナイルはユンの手をぎゅっと握り、真剣な眼差しで応えた。
「分かってる。だからこそ俺が責任を持つ。君たちの祈りを、魂を、ちゃんと誰かの手に届けたいんだ」
その一方で、ヴァロワは市場の混迷にどこか達観した様子を見せていた。
「売れるなら、どこだっていいんじゃないか」
虚ろな輝きを帯びたその目が、市場の冷たい裏側を映し出していた。
ミレイユはそんな彼らを冷静に見据え、厳しくも温かい言葉をかける。
「表舞台から外されるのは簡単よ。だけど、そこで負けてしまったら、終わり。私たちには絵を伝える責任があるわ。場所や形は変わっても、魂は決して変わらない」
ユンは彼女の言葉に励まされつつも、胸の奥で葛藤した。
裏ルートでの取引は果たして正しい道なのか。芸術の純粋さは守られるのか。彼女は何度も自問した。
そんなある晩、薄暗いアトリエに一人の男が連れてこられた。
「これは、普通の画廊では扱えないが、熱狂的なコレクターにはたまらない品だ。リスクはあるが、その価値は十分にある」
男は冷静に作品を見渡し、静かに告げた。
ナイルは男と長時間話し込み、言葉にできない信頼と取引を結んだ。
彼はユンの祈りを守ると心に誓い、表に見えない戦いへ身を投じていたのだ。
翌朝、ユンは静かにスケッチブックを開いた。
混沌とした現実のなかで、彼女の手は祈りと希望を描き続ける。
「市場は揺らいでいる。でも、私たちの絵が必要な場所は、まだどこかにあるはず」
その言葉は静かに、しかし確かに未来への道標となっていた。
窓の外では、秋の柔らかな光が街を優しく照らし始めていた。
冷えた空気に染まる世界に、ほんの少しだけ暖かさが差し込んでいた。