初冬の冷たい風が街を包み込み、色づいた落ち葉が舞う季節となった。
ユンたちは、ある地方都市で開催される芸術祭への参加を決めていた。
都会の喧騒から離れ、地方の美術館の一角を借りて、ユンとヴァロワは最新作を並べていた。
これまでの辛辣な批評や市場の混乱にも屈せず、二人は静かに、しかし確かな決意を胸に秘めていた。
展示の初日、会場は地元の人々やアートファンで賑わっていた。
遠方から訪れた彼らの作品に興味を示し、話しかける者もいた。
まだ冷たい冬の空気の中で、静かな期待と熱気が会場を包み込む。ユンはふと笑みを浮かべた。
これまでの苦難を思えば、ここに立てているだけで幸せだった。
だが、その高揚感は長くは続かなかった。
翌朝、会場の空気は一変した。
新聞の一面を飾ったのは、あのカロンによる辛辣な批評記事だった。
大見出しはこう打ち出されていた。
「地方芸術祭のレベル低下を象徴する異端——ユンとヴァロワの展示は何を語るのか」
記事は冷徹で容赦なかった。
「彼らの作品は技術的には一定の水準を満たしている。しかし、その表層の下にあるのは魂の欠落である。祈りや情熱を描くと謳いながら、実際には過剰な自己陶酔と自己満足の産物に過ぎない。地方の芸術祭に相応しい品格とは程遠いものである」
さらに、地方の芸術文化の価値すら貶めるように断じ、読者の間に波紋を呼んだ。
記事はすぐに口コミで拡散し、地方の芸術祭そのものへの批判が巻き起こった。
来場者の間には戸惑いや反発の声もあがり、会場の空気は重苦しくなった。
ユンはその記事を手にした瞬間、全身が震えた。ページをめくる指先が冷え、胸の奥が押しつぶされそうになる。
目の前に並ぶ自分たちの作品が嘲笑されているように感じ、彼女の心は深く傷ついた。
展示会場の壁に飾られた絵画たちがまるで嘲笑の標的のように見え、ユンはひとり小さく呟いた。
「これ以上、描き続ける意味はあるのだろうか……」
その声は誰にも届かず、彼女の中に初めて「筆を折る」選択肢が静かに芽生えた。
ヴァロワはそんな彼女を優しく見守っていたが、苦い笑みを浮かべて言った。
「お前がそう感じるのも無理はない。だがそこで折れてしまったら、何も残らないぞ」
ユンの不安は消えず、震える声で返す。
「でも、カロンの言葉はあまりにも厳しすぎる。私たちは本当に間違っているの?」
その問いに答えるように、ミレイユが静かに現れた。
彼女は冷静ながらも温かみのある声で言葉を紡いだ。
「批評は時に残酷で、心を刺すけれど、それだけが真実じゃない。あなたの絵が、どこかの誰かの心に届いているなら、それは紛れもない事実よ」
ミレイユの目には、真摯に作品と向き合う者の慈愛が宿っていた。
ナイルもまた、深刻な表情で口を開く。
「市場や評論家に振り回されてはいけない。君たちの作品には確かな価値がある。俺たちが諦めてしまえば、そこで全てが終わってしまう。戦うべき時だ」
ユンはそっと目を閉じ、深い呼吸を繰り返した。
胸に渦巻く葛藤と絶望の中で、自分自身の原点に立ち返ろうとしていた。
「私が描きたいのは、祈り、希望……誰かの心に届く光。どんなに厳しい批評があっても、それが私の表現の核なのだと信じたい」
しばらく静かな時間が流れたのち、ユンはゆっくりと筆を取り、真っ白なキャンバスの前に立った。
静かな決意が、その背中を支えていた。
「批評も市場の浮き沈みも恐れない。私の絵が誰かの希望になる限り、描き続けるしかない」
寒空の下、ユンの手は震えながらも確かに動き始めた。
幾度の苦難に心が折れそうになりながらも、彼女の魂の炎は決して消えず、静かに、しかし力強く燃え続けていた。
その夜、ユンは窓の外の星空を見上げた。
数えきれない星の光が闇夜を照らしている。
そんな小さな光の一つ一つが、遠くの誰かの希望であることを思いながら、彼女はそっと呟いた。
「私も、その光の一つになりたい」
そして、彼女の心には新たな炎が灯ったのだった。