目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 観光名所になった魔王城

 青年に連れられて、私は別室に通された。

 そこは、応接室みたいでテーブルを挟んで紺色のソファーが置かれている。

 荷物をソファーの横に置き、私はソファーに腰かける。

 そこに、メイド服を来た女性がやってきて、お茶の入ったカップをテーブルに置いた。

 それに、お菓子がのったお皿も添えられる。


「あ、ありがとうございます」


 金髪のメイドさんに恐縮しつつ頭を下げると、彼女は微笑み頭を下げた。


「では失礼いたします」


 彼女が去り、私はカップを手に取る。

 これ、紅茶、かな。芳醇な香りがする。


「申し遅れました、僕はアレクシス=フォン=バルクシスと申します」


 青年はそう言い、微笑む。


「あ、えーと、私は……桜葉莉央、です」


 カップを置き、私は戸惑いつつ頭を下げた。

 アレクシス……おもいきり外国語の名前。


「この国で魔術師をしております。それで、最近我々はあることに気がついたのです」


 と言い、アレクシスさんは深刻そうな顔になる。


「あることって……?」


「今から数十年前、魔王が勇者と聖女によって封印されました。今、魔王城は観光名所となっています」


 それを聞いて、私は心の中でずっこけた。


「か、か、か、観光名所? 魔王のお城が?」


 声を上げる私に、アレクシスさんは真顔で頷く。


「えぇ。人類を恐怖に陥れた魔王が住んでいた城ですからね。観光収入、すごいんですよ。毎年何十万人も訪れる観光資源です」


 すごい、人類すごい。

 魔王の城を観光名所にするなんて図太すぎませんかね。

 思わず苦笑を浮かべてしまう。

 アレクシスさんはカップを持ち、それを口に着けたあと話を続けた。


「その魔王城周辺で、ここ一週間ほど異変が起こり始めているのです。魔王が封印されたことにより姿を消したはずのモンスターが、姿を現すようになりました」


「モンスター……?」


 ますますゲームみたいな話になってきた。


「えぇ。最初はゴブリンやオークと言った下級のモンスターでしたが、オーガといった大型のモンスターの姿が見られるようになり、危機感を覚えた我々は調査をし、結果、魔王の封印の力が弱まっていることが判明しました」


 一週間……魔王の封印の力が弱まった……


「あ……」


 私がいた世界と時間の進み方がいっしょなら、たぶんその頃って、ひいおばあちゃんが死んだ頃じゃあ……

 私が何に気がついたのかを察したのか、アレクシスは頷き言った。


「聖女が……あなたのひいおばあ様が亡くなったのが理由でしょう。そして僕は、魔王を封印するのに必要なペンダントを持つ聖女を、異界から呼び戻す秘術を行ったのです」


「そ、それで呼び出されたのが……私?」


「えぇ。貴方が、新しい聖女、ということです」


 そんな事言われて、はいそうですか、とはならなかった。

 ひいおばあちゃんが話していたおとぎ話は本当で、魔王はいるし、勇者も聖女もいたなんて。しかもモンスターもいるって……

 ちょっと心はときめく。

 でも、それはゲームの中だったら、だ。でもこれ、現実でしょ?


「それってつまり、私がその魔王を封印しに行かないといけないってこと、ですか?」


 おそるおそる尋ねると、青年は申し訳なさそうに目を細めて頷いた。


「はい、その通りです。あの、危険はないです。ないはずです。封印の力が弱まりモンスターが現れるようになりましたが、魔王城周辺だけですし、すぐに魔術師や騎士たちが討伐していますから」


 そうは言われましても……

 私の心は不安でいっぱいだ。だって、何したらいいのか何もわからないんだもの。


「あの、その魔王の封印を放っておいたら……」


「たくさんの人が死にます」


 きっぱりと言い、彼は私をまっすぐに見つめる。

 ですよね。そう思った。

 そうなると選択の余地はない。

 私はネックレスの飾りをぎゅっと握る。

 昔、私はひいおばあちゃんと約束した。


『じゃあ、私が魔王を倒す!』


 って。

 まさかあれが現実に怒ろうとするなんて思いもよらなかった。


「倒すのは無理、なんですか?」


 その問いかけにアレクシスは肩をすくめた。


「どうでしょうか。勇者たちは倒すことができず、封印にとどめたとも言いますから」


 ということは、倒すことはできないってこと?

 そうなると私はひいおばあちゃんとの約束、果たせないか……

 それはそうよね。ひいおばあちゃんができなかったこと、私ができるわけない。

 そう思うと私は思わず下を俯いてしまう。


「莉央さん」


「はい」


「勝手なお願いだとは思いますが、力を貸していただけますか?」


「あ……」


 まっすぐに見つめる紅い瞳。

 その目に見つめられると、なんだか心がざわつく。


「私は……その……」


 どう答えたらいいかわからない。だって、あまりにも突飛すぎるから。

 アレクシスさんは微笑み、首を振って言った。


「急にこんな話を聞いても受け入れがたいですよね。また明日、ご説明いたします。お部屋へご案内いたしますので少しお休みください。お食事の時にまたお呼びいたします」


「あ、はい、わかりました」


 その申し出は、正直ありがたかった。

 現実を受け入れる時間が少し必要だから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?