青年に連れられて、私は別室に通された。
そこは、応接室みたいでテーブルを挟んで紺色のソファーが置かれている。
荷物をソファーの横に置き、私はソファーに腰かける。
そこに、メイド服を来た女性がやってきて、お茶の入ったカップをテーブルに置いた。
それに、お菓子がのったお皿も添えられる。
「あ、ありがとうございます」
金髪のメイドさんに恐縮しつつ頭を下げると、彼女は微笑み頭を下げた。
「では失礼いたします」
彼女が去り、私はカップを手に取る。
これ、紅茶、かな。芳醇な香りがする。
「申し遅れました、僕はアレクシス=フォン=バルクシスと申します」
青年はそう言い、微笑む。
「あ、えーと、私は……桜葉莉央、です」
カップを置き、私は戸惑いつつ頭を下げた。
アレクシス……おもいきり外国語の名前。
「この国で魔術師をしております。それで、最近我々はあることに気がついたのです」
と言い、アレクシスさんは深刻そうな顔になる。
「あることって……?」
「今から数十年前、魔王が勇者と聖女によって封印されました。今、魔王城は観光名所となっています」
それを聞いて、私は心の中でずっこけた。
「か、か、か、観光名所? 魔王のお城が?」
声を上げる私に、アレクシスさんは真顔で頷く。
「えぇ。人類を恐怖に陥れた魔王が住んでいた城ですからね。観光収入、すごいんですよ。毎年何十万人も訪れる観光資源です」
すごい、人類すごい。
魔王の城を観光名所にするなんて図太すぎませんかね。
思わず苦笑を浮かべてしまう。
アレクシスさんはカップを持ち、それを口に着けたあと話を続けた。
「その魔王城周辺で、ここ一週間ほど異変が起こり始めているのです。魔王が封印されたことにより姿を消したはずのモンスターが、姿を現すようになりました」
「モンスター……?」
ますますゲームみたいな話になってきた。
「えぇ。最初はゴブリンやオークと言った下級のモンスターでしたが、オーガといった大型のモンスターの姿が見られるようになり、危機感を覚えた我々は調査をし、結果、魔王の封印の力が弱まっていることが判明しました」
一週間……魔王の封印の力が弱まった……
「あ……」
私がいた世界と時間の進み方がいっしょなら、たぶんその頃って、ひいおばあちゃんが死んだ頃じゃあ……
私が何に気がついたのかを察したのか、アレクシスは頷き言った。
「聖女が……あなたのひいおばあ様が亡くなったのが理由でしょう。そして僕は、魔王を封印するのに必要なペンダントを持つ聖女を、異界から呼び戻す秘術を行ったのです」
「そ、それで呼び出されたのが……私?」
「えぇ。貴方が、新しい聖女、ということです」
そんな事言われて、はいそうですか、とはならなかった。
ひいおばあちゃんが話していたおとぎ話は本当で、魔王はいるし、勇者も聖女もいたなんて。しかもモンスターもいるって……
ちょっと心はときめく。
でも、それはゲームの中だったら、だ。でもこれ、現実でしょ?
「それってつまり、私がその魔王を封印しに行かないといけないってこと、ですか?」
おそるおそる尋ねると、青年は申し訳なさそうに目を細めて頷いた。
「はい、その通りです。あの、危険はないです。ないはずです。封印の力が弱まりモンスターが現れるようになりましたが、魔王城周辺だけですし、すぐに魔術師や騎士たちが討伐していますから」
そうは言われましても……
私の心は不安でいっぱいだ。だって、何したらいいのか何もわからないんだもの。
「あの、その魔王の封印を放っておいたら……」
「たくさんの人が死にます」
きっぱりと言い、彼は私をまっすぐに見つめる。
ですよね。そう思った。
そうなると選択の余地はない。
私はネックレスの飾りをぎゅっと握る。
昔、私はひいおばあちゃんと約束した。
『じゃあ、私が魔王を倒す!』
って。
まさかあれが現実に怒ろうとするなんて思いもよらなかった。
「倒すのは無理、なんですか?」
その問いかけにアレクシスは肩をすくめた。
「どうでしょうか。勇者たちは倒すことができず、封印にとどめたとも言いますから」
ということは、倒すことはできないってこと?
そうなると私はひいおばあちゃんとの約束、果たせないか……
それはそうよね。ひいおばあちゃんができなかったこと、私ができるわけない。
そう思うと私は思わず下を俯いてしまう。
「莉央さん」
「はい」
「勝手なお願いだとは思いますが、力を貸していただけますか?」
「あ……」
まっすぐに見つめる紅い瞳。
その目に見つめられると、なんだか心がざわつく。
「私は……その……」
どう答えたらいいかわからない。だって、あまりにも突飛すぎるから。
アレクシスさんは微笑み、首を振って言った。
「急にこんな話を聞いても受け入れがたいですよね。また明日、ご説明いたします。お部屋へご案内いたしますので少しお休みください。お食事の時にまたお呼びいたします」
「あ、はい、わかりました」
その申し出は、正直ありがたかった。
現実を受け入れる時間が少し必要だから。