軍の聴聞会は粛々と進められた。
簡素な会議室。薄暗く、無機質な部屋。
蛍光灯の青白い光が、テーブルに並べられた書類を照らしている。
「貴様の行動が、どれほど重大な規律違反だったか、理解しているか?」
司令官の冷たい声が響く。
ヴィンセントは背筋を伸ばし、軍服の襟を正した。
軍人としてのプライドを示すように、まっすぐ前を見据える。
「ええ、理解しています」
淡々とした口調だった。
「命令を無視し、独断で部隊の危険を増した。
結果として、部隊全体が危機に陥る可能性もあった。——そう言いたいんですよね?」
司令官の眉が僅かに動いた。
「お前は、軍の規律を軽視しているのか?」
ヴィンセントは目を細め、ゆっくりと言葉を選ぶように答えた。
「規律を軽視していたら、とっくに死んでますよ。
俺は軍人として戦場に立ち続けてきた。
ルールが必要なことも、理解しているつもりです」
「ならば、なぜ命令違反を犯した」
ヴィンセントは静かに息を吐く。
「……俺は、相棒を見捨てることはできなかった」
司令官は真っ直ぐ彼を見据えた。
「それがお前の“軍人としての誇り”か?」
「違います」ヴィンセントは首を振る。
――俺の故郷じゃ、“仲間”は“家族”だ。
――血の繋がりは関係ねぇ。
――それに、あいつは俺の命を何度も拾った。
――だから、“相棒”なんだ。
ヴィンセントは真っ直ぐ見据え返す。
「それは“俺としての誇り”です」
一瞬、場が凍る。
司令官が視線を落とし、手元の書類を指で弾く。
「命令違反、規律違反、公然たる反抗……
軍法会議にかけることもできる案件だ」
「ええ、覚悟はできています」
「……処分は、一階級降格・3週間の禁固・減給とする」
ヴィンセントは微かに頷いた。
「異議はありません」
部屋にいた兵士たちが驚いたように視線を交わす。
ヴィンセントは何か言い返すと思われていた。
だが、彼は一切の反論をしなかった。
――禁固処分――
ヴィンセントは軍の独房に送られた。
窓のない部屋。
金属製のベッド。
簡素な食事。
3週間、戦場に立つことはなく、ただ規則通りの日々を過ごす。
しかし——彼の表情には後悔の色はなかった。
「お前を置いていけるわけねぇだろ!」
あの時、迷いはなかった。
もしもう一度同じ状況になったら?
——同じことをする。
軍が何を言おうと、それだけは変わらない。
―――3週間後―――
ヴィンセントは禁固処分を終え、再び軍の司令官の前に座った。
「……貴様は、今後の昇進の可能性はなくなったと理解しているか?」
「ええ、十分に」
「今後、軍に残るのか?」
「残りません」
即答だった。
司令官がわずかに息をのむ。
「……本気か?」
「本気です」
ヴィンセントは立ち上がり、軍帽を外して机の上に置いた。
「ここにいたら、また同じことが起きる。
俺には、もうそんなのはごめんだ」
司令官は深く息を吐き、静かに言った。
「——お前の決断だな」
「ええ。そうです」
ヴィンセントは最後に敬礼をし、軍を去った。
◇
BGM:
Bon Jovi
“It's My Life (2003 Acoustic Version)”