朝日が、ダイニングを満たしていく。
光はまず床を這った。
次にテーブル、壁へ、
だが家はまだ眠ったままだ。子供
たちの気配はない。
空気は冷え、張り詰めている。
だが不快ではない。
ただ、余白がある。
ナンシーがキッチンでコーヒーを淹れていた。
作動音は小さい。
だが、部屋に響いた。
鼻先を香りがかすめた。
ジョージはカップを受け取った。軽く頷く。
それを一口すすり、ふちをなぞる。
ナンシーへと視線を戻した。
口を静かに開いた。
「少し話せますか」
声にわずかな硬さがあった。
ナンシーが振り返る。
目だけが少し驚いていた。
「……ねぇ、ジョージ」
ナンシーは微笑んだ。
カップを両手に持ち、そのまま向かいに座る。
「そんなにかしこまらなくていいわ。
ジョージとはもっとラフに話したいの」
ジョージはまばたきを一度だけ。
その反応で十分だった。
「わかった」
「それでいいわ」
ナンシーは満足そうに頷き、カップを口に運ぶ。
白い湯気が一瞬だけ光を屈折させた。
「それで、話って?」
ジョージはスマホを取り出す。
画面を指でなぞる。
昨夜、ヴィンセントから送られてきたデータ。
「昨日、君が証言した事件のことを少し調べた。
確認したい。どんな取引だった?」
敬語が落ちたことで、空気が少し緩んだ。
だが、会話の軸は鋭さを持ったまま進む。
ナンシーはカップを両手で包み、小さく息を吐いた。
「ある夜、帰宅途中だったの。
ジムを閉めて、書類整理とかしてたらいつもよりだいぶ遅くなっちゃって……。
駐車場に向かおうとしたら、近くの倉庫の影で、男たちが何かをやり取りしてるのが見えたの。3人」
「どのくらいの距離だった」
「……20メートルくらいかしら。
でも、街灯があったから、彼らの動きはよく見えた。
箱を運び込んでて、男の1人が袋を開けて、中身を確かめてたわ」
「中身は?」
「ビニール袋に詰められた白い粉……たぶん、コカインじゃないかしら」
「その時、どうした?」
「最初は関わるつもりなんてなかった。
でも、ふと見たら……倉庫の扉に血がついてたの」
ジョージの目がわずかに細くなった。
「血?」
「ええ。最初は誰かケガしたのかと思った。
でも、その時、ひどい音が聞こえたの……殴られるような音。
それと同時に、男たちの中に倒れて動かない人がいたの。
私は怖くなって、すぐその場を離れた。
……でも、彼らに見つかってしまっていたみたい」
「目撃された?」
ナンシーは黙って頷いた。
頷き方に迷いがなかった。
「それで、どうして証言することになった?」
「次の日、警察が倉庫を捜索して、何人か逮捕されたの。
彼らは下っ端の売人だったみたい。
でも、そのうちの1人が、私が現場にいたって警察に話したの。
それで、証言を求められた」
「証言を頼まれたのは、事件の何日後?」
「1週間後。最初は匿名でいいって言われたけど、結局は法廷で顔を出すことになったの」
ジョージは黙って頷いた。
視線を伏せ、思考を走らせる。
「証言後、何か変わったことは?」
ナンシーは少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと首を振る。
「……それからしばらくして、ジムの客足が減り始めたの。
最初は気にしてなかったけど……」
「それが嫌がらせの始まりか」
ジョージは低く呟く。
コーヒーを一口だけ口に含んだ。
「証言の後、警察や弁護士が神経質な態度を取っていたことは?」
「……そう言われてみれば、警察の人が『しばらく気をつけて』って言ってた。
でも、ただの社交辞令かと思ってたの」
「誰か具体的な脅しを受けた?」
「いいえ、直接は。
でも、予約が突然キャンセルされたり、夜中に窓を叩く音がしたり……変なことは増えたわ」
ジョージは腕を組み、目を閉じた。
「今の嫌がらせが事件と関係してると思うか」
ナンシーは眉を寄せた。
すぐには答えず、少し沈黙してから口を開く。
「……それが、分からないの。
ただの偶然って思いたかった。
でも、最近のことを考えると……」
「君の証言が、本当に取引を潰した決定打だったのか」
ナンシーは目を伏せ、しばらく黙った。
「……いいえ。
私の証言だけじゃ、無理だったと思う。
でも、警察は確かに大きく動いてた」
ジョージは考えを巡らせながら、黙ってカップを空にした。
「ジョージ?」
「いや……」
ジョージはスマホを取り出し、指を滑らせる。
昨夜のデータを再確認する。
ロックされたファイル。
伏せられた証言記録。
「……少し、気になることがある」
「何?」
ジョージは視線を上げた。
ナンシーの目を、真っ直ぐに見据える。
「君の証言、警察内部でかなり厳重に管理されていた」
ナンシーの手が止まった。
カップを置き、表情に緊張が走る。
「……どういうこと?」
「俺たちのツテでも詳細にアクセスできなかった。
ただの売人の裁判なら、そんなことはまずない」
ナンシーの眉間に陰が落ちた。
「……じゃあ、どうして?」
ジョージは数秒の間を置いた。
それから、静かに言う。
「それを、これから調べる」
「お願い」
ナンシーは、息を深く吐いた。