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009:朝の日差しと、裏社会の影と

 朝日が、ダイニングを満たしていく。

 光はまず床を這った。

 次にテーブル、壁へ、

 だが家はまだ眠ったままだ。子供

 たちの気配はない。


 空気は冷え、張り詰めている。

 だが不快ではない。

 ただ、余白がある。


 ナンシーがキッチンでコーヒーを淹れていた。

 作動音は小さい。

 だが、部屋に響いた。

 鼻先を香りがかすめた。


 ジョージはカップを受け取った。軽く頷く。

 それを一口すすり、ふちをなぞる。

 ナンシーへと視線を戻した。

 口を静かに開いた。


「少し話せますか」


 声にわずかな硬さがあった。

 ナンシーが振り返る。

 目だけが少し驚いていた。


「……ねぇ、ジョージ」


 ナンシーは微笑んだ。

 カップを両手に持ち、そのまま向かいに座る。


「そんなにかしこまらなくていいわ。

 ジョージとはもっとラフに話したいの」


 ジョージはまばたきを一度だけ。

 その反応で十分だった。


「わかった」


「それでいいわ」


 ナンシーは満足そうに頷き、カップを口に運ぶ。

 白い湯気が一瞬だけ光を屈折させた。


「それで、話って?」


 ジョージはスマホを取り出す。

 画面を指でなぞる。

 昨夜、ヴィンセントから送られてきたデータ。


「昨日、君が証言した事件のことを少し調べた。

 確認したい。どんな取引だった?」


 敬語が落ちたことで、空気が少し緩んだ。

 だが、会話の軸は鋭さを持ったまま進む。


 ナンシーはカップを両手で包み、小さく息を吐いた。


「ある夜、帰宅途中だったの。

 ジムを閉めて、書類整理とかしてたらいつもよりだいぶ遅くなっちゃって……。

 駐車場に向かおうとしたら、近くの倉庫の影で、男たちが何かをやり取りしてるのが見えたの。3人」


「どのくらいの距離だった」


「……20メートルくらいかしら。

 でも、街灯があったから、彼らの動きはよく見えた。

 箱を運び込んでて、男の1人が袋を開けて、中身を確かめてたわ」


「中身は?」


「ビニール袋に詰められた白い粉……たぶん、コカインじゃないかしら」


「その時、どうした?」


「最初は関わるつもりなんてなかった。

 でも、ふと見たら……倉庫の扉に血がついてたの」


 ジョージの目がわずかに細くなった。


「血?」


「ええ。最初は誰かケガしたのかと思った。

 でも、その時、ひどい音が聞こえたの……殴られるような音。

 それと同時に、男たちの中に倒れて動かない人がいたの。

 私は怖くなって、すぐその場を離れた。

 ……でも、彼らに見つかってしまっていたみたい」


「目撃された?」


 ナンシーは黙って頷いた。

 頷き方に迷いがなかった。


「それで、どうして証言することになった?」


「次の日、警察が倉庫を捜索して、何人か逮捕されたの。

 彼らは下っ端の売人だったみたい。

 でも、そのうちの1人が、私が現場にいたって警察に話したの。

 それで、証言を求められた」


「証言を頼まれたのは、事件の何日後?」


「1週間後。最初は匿名でいいって言われたけど、結局は法廷で顔を出すことになったの」


 ジョージは黙って頷いた。

 視線を伏せ、思考を走らせる。


「証言後、何か変わったことは?」


 ナンシーは少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと首を振る。


「……それからしばらくして、ジムの客足が減り始めたの。

 最初は気にしてなかったけど……」


「それが嫌がらせの始まりか」


 ジョージは低く呟く。

 コーヒーを一口だけ口に含んだ。


「証言の後、警察や弁護士が神経質な態度を取っていたことは?」


「……そう言われてみれば、警察の人が『しばらく気をつけて』って言ってた。

 でも、ただの社交辞令かと思ってたの」


「誰か具体的な脅しを受けた?」


「いいえ、直接は。

 でも、予約が突然キャンセルされたり、夜中に窓を叩く音がしたり……変なことは増えたわ」


 ジョージは腕を組み、目を閉じた。


「今の嫌がらせが事件と関係してると思うか」


 ナンシーは眉を寄せた。

 すぐには答えず、少し沈黙してから口を開く。


「……それが、分からないの。

 ただの偶然って思いたかった。

 でも、最近のことを考えると……」


「君の証言が、本当に取引を潰した決定打だったのか」


 ナンシーは目を伏せ、しばらく黙った。


「……いいえ。

 私の証言だけじゃ、無理だったと思う。

 でも、警察は確かに大きく動いてた」


 ジョージは考えを巡らせながら、黙ってカップを空にした。


「ジョージ?」


「いや……」


 ジョージはスマホを取り出し、指を滑らせる。

 昨夜のデータを再確認する。

 ロックされたファイル。

 伏せられた証言記録。


「……少し、気になることがある」


「何?」


 ジョージは視線を上げた。

 ナンシーの目を、真っ直ぐに見据える。


「君の証言、警察内部でかなり厳重に管理されていた」


 ナンシーの手が止まった。

 カップを置き、表情に緊張が走る。


「……どういうこと?」


「俺たちのツテでも詳細にアクセスできなかった。

 ただの売人の裁判なら、そんなことはまずない」


 ナンシーの眉間に陰が落ちた。


「……じゃあ、どうして?」


 ジョージは数秒の間を置いた。

 それから、静かに言う。


「それを、これから調べる」


「お願い」


 ナンシーは、息を深く吐いた。


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