外に出ると、陽光が皮膚を焼いた。
空は眩しいほど青く、首元には汗が垂れていた。
ジョージは袖で拭い、深く呼吸を整える。
駐車場の隣、フェンスに囲まれた一角。
そこに、使われなくなった倉庫があった。
ドライアプリコットをひとつ、口に放る。
甘さはなく、歯ごたえだけが残る。
舌の上で転がしながら、足を踏み出した。
人の気配はなかった。
だが、空気が死んではいない。
倉庫の鉄製シャッターは赤茶けた錆に覆われ、
入口には積み重ねられた木箱と廃材。
壁面には古びた落書き。
管理の手はとうに離れていた。
ナンシーが「見た」と言った現場。
麻薬の取引、あるいはそのもっと深い闇。
ジョージは歩を止め、息を殺した。
目に見える情報を拾う。順に処理する。
防犯カメラ → なし。監視はゼロ。
地面のタイヤ痕 → 繰り返し出入りした形跡。複数台。
割れた酒瓶の破片 → 隅に散乱。喧騒の痕跡。
だが、なにかが違う。
ジョージは小型のLEDライトを取り出し、地面をなぞる。
シャッター脇――そこに、黒ずんだ染み。
乾いて固まり、土に沈んでいた。
時間が経っている。
だが完全には消えていない。
しゃがみ込み、指先でふれる。
感触と色。血液で間違いない。
しかも、これは人のものだ。
「……数週間前か」
ナンシーの証言時期と一致する。
誰かが、ここで血を流した。
争いか、処刑か――その境界は紙一重だった。
ジョージは立ち上がり、アプリコットを飲み込む。
もうひとつ口に入れながら、シャッターに目を向けた。
わずかな隙間。
体を屈め、そこから中を覗く。
目に飛び込んできたのは――
開けられた木箱 → 中身は空。何かが運び出された痕跡。
使用済みの注射器 → 壁際に放置。型はヘロイン用に近い。
こぼれた白い粉 → コカインか、あるいはフィンタニル。
ここは、確実に“使われていた”場所だった。
今は空。
しかし、撤収の跡が雑すぎる。
血が残っているのが、その証拠だ。
(処理班が来ていないか、もしくは……
……誰かの死体だけが、持ち去られた)
ジョージは再びしゃがみ、血痕の軌道をなぞる。
シャッターの隙間へ向かう、断続的な点々。
誰かが引きずられた痕跡。
口の中のナッツを砕きながら、ジョージはスマホを取り出す。
ヴィンセントに短くメッセージを送った。
[ナンシーが目撃した現場、確認]
[血痕あり。争いか、処刑の可能性]
[現場は空。だが痕跡が残っている]
十数秒で返信が来る。
[そっちの写真、送ってくれ]
ジョージは血痕の写真を何枚か添付し、送信。
数分後、再び通知。
[……マズいな。もし"アレ"なら……]
[深入りはするな。証言が原因なら、ナンシーが標的になる]
スマホの角を、額に当てた。
トントン、と2回。
考えるための音。いや、覚悟を固める儀式。
ナンシーが“見た”もの。
それは偶然じゃない。
すでに彼女は――引き返せない場所にいる。
ジョージは立ち上がる。
視線の先には、ただ錆びたシャッター。
だが彼の眼差しには、もはや“調査”の色はなかった。
これは、戦いだ。
スマホをポケットにしまい、最後に倉庫を一瞥する。
その向こうにいる敵の輪郭を、静かに探る。
「……始まってる。
だが、“警告”にしては、妙に遠回しだ……なぜだ?」
誰に向けた脅しなのか。
ナンシーか、それとも――証言そのものか。
答えは、まだ出ない。
だが、次の一手は確実に来る。
ジョージは背を向け、歩き出した。
陽射しが背中を焼いても、振り返ることはなかった。