目的地は、再びグレナン・フィットネスジム。
表向きの理由は、セキュリティの再確認。
だが本音は、ナンシーの様子を見ておきたかった。
午後のジムは、午前より少しだけ人が多い。
仕事帰りの人たち、空き時間を使う主婦。
だが、設備の規模にしては、客足が少ない。
ナンシーが悩む理由がわかる。
カウンターの隣では、ナンシーが接客中だった。
タオルを手渡しながら、軽く会話を交わしている。
表情は普段通り。だが、どこか張り詰めた空気を纏っていた。
ジョージは、カウンターへ歩み寄った。
「やあ」
「あら、ジョージ。戻ってきたの?」
ナンシーは微笑んだ。
だが、目元にわずかに疲れが滲んでいた。
「少しだけ様子を見に来た」
「そう……」
彼女が言葉をつづけようとした瞬間。
重い足音が近づいてくる。
次いで、湿った破裂音。
目をやると受付カウンターの上には、大きな手。
ナンシーの肩が、わずかに跳ねた。
「ナンシー、話まだ終わってねぇだろ」
低く響く男の声。
ジョージは何気なく視線を上げた。
初めて見る顔だった。
男は長身。
鍛えられた体をスーツの下に押し込んでいた。
髪は短く整えられているが、どこか粗暴な印象を受ける。
場に似つかわしくないの腕時計。高級ブランドの光沢。
ナンシーは苦笑いを浮かべてわずかに身を引く。
「キングスリー、私は仕事中よ」
「だから、少しだけって言ってるだろ?」
言葉の端に、力が滲む。
笑っているが、その笑顔は“拒絶される”ことを想定していない。
「……なぁ、いい加減に腹くくれよ。
ここまで親切にしてんだ。
何がそんなに不満なんだ?
俺のどこが、そんなに気に食わねぇ?」
一見すれば口説き文句。
だが、声の奥には怒りがあった。
“与えてやったのに”という支配の倫理。
“断るなら、裏切りだ”という歪んだ独善。
ジョージは、その名前を頭の中で反芻した。
――キングスリー。
ヴィンセントの報告が頭をよぎる。
ナンシーの証言に出てきた、あの1件。
まだ確信には近づいていない。
だが、直感が警報を鳴らしていた。
この男は、何かを隠している。
「キングスリー、ジムのルールは守ってもらうわ」
「ルール? なんだそれ?」
キングスリーは嘲るように肩をすくめる。
そして、カウンター越しに手を伸ばした。
ナンシーの手を掴もうとした。
――その瞬間。
ジョージの手が、無言で割り込む。
指先でキングスリーの腕を軽く押し返した。
わずかな圧。それだけで、動きが止まった。
「……おい?」
キングスリーが、ゆっくりとジョージを見る。
ジョージは何も言わず、静かに見返す。
瞬きすらしない。
無表情のまま、相手の目を射抜く。
沈黙。
ナンシーがわずかに息を呑んだ。
ジム内の軽快な音楽だけが、場の緊張を誤魔化していた。
「……なんだ、お前?」
キングスリーは身を乗り出し、上からジョージを睨みつける。
視線が、肩幅と体格をざっとなぞる。
そして、鼻で笑った。
――勝負にならねぇ。
だが、ジョージは一歩も引かない。
首をわずかに傾け、見上げたまま沈黙する。
その目に、怯えや屈服は一切ない。
むしろ、下から射抜くような視線が、空気を締めあげる。
やがて、ジョージは口を開いた。
「客だ」