キングスリーは、目を開けた瞬間、頭の芯に鈍い痛みを感じた。
鼓膜の奥で、まだ酔いが残っているような重さ。
だが、それは酒のせいではなかった。
もっと厄介な、胸の底でくすぶる熱――苛立ちだった。
ナンシーの顔が、脳裏にこびりついている。
舌打ち。
寝返りを打つと、シーツが汗ばんだ肌にまとわりついた。
甘ったるい香水と性の名残が、部屋の空気に滲んでいる。
横には女が2人。
どちらも派手な口紅が剥がれかけ、虚ろな表情で眠っていた。
昨夜、酔った勢いで連れ帰った女たちだった。
名前も顔も、どうでもいい。
(お前じゃない)
キングスリーの思考が、瞬時にそこへ跳んだ。
彼が欲しているのは、目の前の女ではなかった。
あの女――ナンシー。
唯一、自分の支配が通じなかった女。
「……もう、金はいらない」
あのときの声。あの目。
挑むような、見下すような、あの視線。
背筋に冷水をかけられたような感覚が蘇る。
――殴った。
反射だった。
だが、それでもナンシーは崩れなかった。
頬を押さえて立ち尽くしながら、ただ睨み返してきた。
(お前に、私の人生は渡さない)
あの目が、キングスリーの中の何かを裂いた。
女は従うもの。
金と保護、少しの優しさを与えれば、膝をつくもの。
それが世界の秩序だった。
それを拒絶された――それが、許せなかった。
「ふざけんなよ……」
呟いた声に、隣の女がぴくりと反応する。
「……ん……ビル……?」
苛立ちが、込み上げた。
その名を呼ぶ声が、ナンシーの声を汚すように思えた。
キングスリーは女の腕を乱暴に払った。
「……ッ!」
女がベッドに倒れ込む音が、乾いた空気に響く。
「寝ぼけてんじゃねぇ。出て行け」
冷えた声。
意図的に、感情を抜いた音域。
それは相手の存在を否定するための、無機質なナイフだった。
女の表情が一瞬凍り、もう1人の女も身を縮める。
それを見て、キングスリーはわずかに口元を歪めた。
恐怖。
これが正しい反応だ。
従属こそが、美徳。
「……ビル……昨日は……」
「昨日は終わった。
もうお前たちは、ただの残り香だ」
キングスリーはシーツを足で蹴飛ばし、裸のままベッドを降りた。
テーブルの上、倒れかけたバーボンのボトル。
グラスには、昨夜の余りがまだ少し残っていた。
指先でグラスをつまみ、ゆっくりと口に運ぶ。
アルコールが喉を焼く。
だが、それ以上に焼けているのは、心の奥だ。
ナンシー。
あの女だけは、思い通りにならなかった。
それがキングスリーの中で、苛立ちを超えた“使命”に変わりつつあった。
「お前ら、着ろ。今すぐ出て行け」
背を向けたまま、淡々と命じる。
女たちは顔を見合わせ、慌てて服を拾い始めた。
キングスリーは一瞥もくれなかった。
もう、頭の中にはナンシーしかいない。
あの女を落とせなければ、
これまでの人生――築いてきた“支配の王国”のすべてが、嘘になる。
グラスの酒を飲み干し、テーブルに置く。
音は静かだったが、その内側では地鳴りのような衝動が渦を巻いていた。
“どう料理してやるか”
感情ではない。戦術だ。
キングスリーは、そう自分に言い聞かせた。
これは恋じゃない。
復讐でもない。
秩序の回復。
狂った世界を、元に戻すだけの話だった。