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クラブ潜入編

052:分かれよ。俺がやるより、お前の方が面白いじゃん?

 ――数日後、深夜。


 ジョージは無言のまま、届いたダンボールを開けた。

 新品の道着が、無造作に作業台の上に投げ出される。

 柔道用。白。厚手。Sサイズ。


 いつの間にか、“護身術の先生”になっていた。

 最初は、ジム経営の手伝い。それだけのつもりだった。

 だが、あの日――体育館でワラビーを一本投げにした件が、妙にバズった。


 それを見て入会してきた者が、今や20人を超える。


「先生」と呼ばれるたび、背筋に妙な緊張が走る。

 戦場よりも、奇妙な感覚だった。


 作業台の上。スマホが震えた。

 通知音は切ってある。静かに画面が光る。


 ジョージは左手で瓶を取り、スプーンでピーナツバターをすくった。

 瓶の底をなぞるように、ねっとりとした一匙。

 手間がなく、腹に優しい――深夜の補給として、効率は悪くない。


 片手で画面をスワイプする。


▼チャット → ジョージ

 [お前の成金キャラ、そろそろ決めようぜ!]


 ジョージは眉をわずかに動かす。

 スプーンを咥えたまま、短く打ち返す。


▼ジョージ → チャット

 [お前がやればいいんじゃないか?]


 返事は数秒。速い。

 チャットの思考回路は、常に暴走気味だ。


▼チャット → ジョージ

 [はあ!?なんで俺が!?]

 [こっちはクールな付き人でキメる予定だったんだけど?]

 [ついでに言うと、お前にぴったりな衣装も用意してある。最高級なやつだぞ?]

 [……まあ、アクセはレンタルだけどな! 命の次に高いぞ?]


 ジョージはスプーンをテーブルに置いた。

 意味がわからない。


▼ジョージ → チャット

 [理屈が分からない。お前の方が社交的で、目立つのが得意だろう]


▼チャット → ジョージ

 [いやいやいや、逆なんだって]

 [お前みたいに“絶対成金じゃねえだろ”って奴が、急にバカ丸出しの成金ムーブかますのがリアルなの!]

 [あとな、お前…… “金を持て余してる感”がナチュラルに出てんのよ。]


 スマホを指先で回しながら、ジョージは考える。

“金を持て余してる感”?

 自覚はなかった。


▼ジョージ → チャット

 [意味が分からん]


▼チャット → ジョージ

 [分かれよ。成金ってのは普通、金に飢えてる。見せびらかすのが目的だ]

 [でもお前、金に一切興味ないだろ?]


▼ジョージ → チャット

 [……それがどうした?]


▼チャット → ジョージ

 [だからさ、金に執着してない奴が派手なことしてると、逆に“本物”に見えるの]

 [“これが本物の上流か……”って思わせたら勝ちだろ?]


 ジョージは顎に手をやる。

 それでも釈然としない。


▼ジョージ → チャット

 [ヴィンセントにはお前がアホな成金役をさせると言ったはずだが、聞いていないのか?]


▼チャット → ジョージ

 [聞いたとも。ヴィンセントには「俺がやる」って言ったさ]

 [でもな、俺がやるより……お前がやった方が……ぶっちゃけ、めっちゃ面白い!]


 指が止まる。


 打ち返そうとしたその瞬間――

 また新しい通知が滑り込む。


▼チャット → ジョージ

 [あと、地味に大事なこと言うけど――]

 [お前の名前、もうクラブ側に流してあるから]


 眉間にシワが寄る。


▼ジョージ → チャット

 [どういうことだ?]


▼チャット → ジョージ

 [“ジョニー・ウー”っていう怪しい東洋の成金が来るって、ちゃんと仕込んどいた]

 [VIP対応されるから、安心して札でもばらまけや!]


 ジョージはスマホを置いた。

 数秒、沈黙。


 水をひと口飲む。

 深く、長く息を吐いた。


▼ジョージ → チャット

 [俺が知らねぇうちに、ずいぶん話が進んでるな]


▼チャット → ジョージ

 [お・ま・え が “成金やる”って言った時点で、全部セッティング済み]

 [こっちは伊達に詐欺やってたわけじゃねぇんで]


 ジョージは頭を掻いた。

 チャットの“元詐欺師”だという事を、完全に忘れていた。


▼ジョージ → チャット

 [まじかよ]


 テーブルの端で、スマホの画面が静かに光る。

 その淡い光に、ひとつの感情だけが映っていた。


 ──諦め。

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