――数日後、深夜。
ジョージは無言のまま、届いたダンボールを開けた。
新品の道着が、無造作に作業台の上に投げ出される。
柔道用。白。厚手。Sサイズ。
いつの間にか、“護身術の先生”になっていた。
最初は、ジム経営の手伝い。それだけのつもりだった。
だが、あの日――体育館でワラビーを一本投げにした件が、妙にバズった。
それを見て入会してきた者が、今や20人を超える。
「先生」と呼ばれるたび、背筋に妙な緊張が走る。
戦場よりも、奇妙な感覚だった。
作業台の上。スマホが震えた。
通知音は切ってある。静かに画面が光る。
ジョージは左手で瓶を取り、スプーンでピーナツバターをすくった。
瓶の底をなぞるように、ねっとりとした一匙。
手間がなく、腹に優しい――深夜の補給として、効率は悪くない。
片手で画面をスワイプする。
▼チャット → ジョージ
[お前の成金キャラ、そろそろ決めようぜ!]
ジョージは眉をわずかに動かす。
スプーンを咥えたまま、短く打ち返す。
▼ジョージ → チャット
[お前がやればいいんじゃないか?]
返事は数秒。速い。
チャットの思考回路は、常に暴走気味だ。
▼チャット → ジョージ
[はあ!?なんで俺が!?]
[こっちはクールな付き人でキメる予定だったんだけど?]
[ついでに言うと、お前にぴったりな衣装も用意してある。最高級なやつだぞ?]
[……まあ、アクセはレンタルだけどな! 命の次に高いぞ?]
ジョージはスプーンをテーブルに置いた。
意味がわからない。
▼ジョージ → チャット
[理屈が分からない。お前の方が社交的で、目立つのが得意だろう]
▼チャット → ジョージ
[いやいやいや、逆なんだって]
[お前みたいに“絶対成金じゃねえだろ”って奴が、急にバカ丸出しの成金ムーブかますのがリアルなの!]
[あとな、お前…… “金を持て余してる感”がナチュラルに出てんのよ。]
スマホを指先で回しながら、ジョージは考える。
“金を持て余してる感”?
自覚はなかった。
▼ジョージ → チャット
[意味が分からん]
▼チャット → ジョージ
[分かれよ。成金ってのは普通、金に飢えてる。見せびらかすのが目的だ]
[でもお前、金に一切興味ないだろ?]
▼ジョージ → チャット
[……それがどうした?]
▼チャット → ジョージ
[だからさ、金に執着してない奴が派手なことしてると、逆に“本物”に見えるの]
[“これが本物の上流か……”って思わせたら勝ちだろ?]
ジョージは顎に手をやる。
それでも釈然としない。
▼ジョージ → チャット
[ヴィンセントにはお前がアホな成金役をさせると言ったはずだが、聞いていないのか?]
▼チャット → ジョージ
[聞いたとも。ヴィンセントには「俺がやる」って言ったさ]
[でもな、俺がやるより……お前がやった方が……ぶっちゃけ、めっちゃ面白い!]
指が止まる。
打ち返そうとしたその瞬間――
また新しい通知が滑り込む。
▼チャット → ジョージ
[あと、地味に大事なこと言うけど――]
[お前の名前、もうクラブ側に流してあるから]
眉間にシワが寄る。
▼ジョージ → チャット
[どういうことだ?]
▼チャット → ジョージ
[“ジョニー・ウー”っていう怪しい東洋の成金が来るって、ちゃんと仕込んどいた]
[VIP対応されるから、安心して札でもばらまけや!]
ジョージはスマホを置いた。
数秒、沈黙。
水をひと口飲む。
深く、長く息を吐いた。
▼ジョージ → チャット
[俺が知らねぇうちに、ずいぶん話が進んでるな]
▼チャット → ジョージ
[お・ま・え が “成金やる”って言った時点で、全部セッティング済み]
[こっちは伊達に詐欺やってたわけじゃねぇんで]
ジョージは頭を掻いた。
チャットの“元詐欺師”だという事を、完全に忘れていた。
▼ジョージ → チャット
[まじかよ]
テーブルの端で、スマホの画面が静かに光る。
その淡い光に、ひとつの感情だけが映っていた。
──諦め。