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053: ……裸の方がましだ……

 水曜日 午後:モーテルにて


 室内は薄暗かった。

 カーテンは閉じられ、古いエアコンが低い唸りを上げている。

 ジョージは、無言でベッドの上を見下ろしていた。


 金糸の刺繍がぎらつくシャツ。

 光を反射する黒のスラックス。

 ロレックスの時計。

 数々のゴツイ装飾品。

 金のバックルが主張しすぎるベルト。

 そして、床には黒のシークレットブーツが鎮座していた。


 悪趣味な品々だった。


 ジョージはブーツを持ち上げる。

 重さを確かめるように指でソールを押す。

 10センチ以上の底上げ。

 悪くはない。

 彼はブーツを元の位置に戻し、静かに呟いた。


「……まぁ、これは履いてもいい」


 ソファに座っていた男が、満足げに頷く。


「だろ? そのサイズ感じゃ、成金ってより連れの息子だもんな」


 チャールズ・フィンリー。通称、チャット。

 ΩRMの副社長。遊び人で、元詐欺師。

 心理戦のプロだが、女関係のトラブルが絶えない。


 白いTシャツに黒のレザージャケット。

 足元は高級スニーカー。

 気取った風もなく、どこにいても自然に馴染む。

 だが、目を引かずにはいられない。


 整いすぎた輪郭に、笑えば人懐っこくも、黙れば獣のような気配が滲む顔。

 艶と計算が同居する目元には、何かを試すような色気がある。


 だが、その頬には一本、爪痕が走っていた。

 夜の名残。あるいは、愛の代償。


 ジョージは、それを一瞥した。


「お前、それは何の傷だ?」


 チャットは指で頬をなぞり、苦笑した。


「昨夜までは“世界で一番好き”って言ってた子に、今朝、“世界で一番ムカつく”って言われて顔引っかかれた。

……情熱的な子、好きなんだよねぇ、俺」


 ジョージは無表情のまま低くうなった。


「……何人目だ?」

「ん?」

「ここ1年で、そういうトラブルになったのは何人目だ?」


 チャットは指を折るふりをしながら、適当に答えた。


「えーっと……1、2、3……まあ、指折り始めた時点でアウトだろ」


 ジョージは短く息を吐いた。


「お前は詐欺師だったのに、アフターフォローの重要性を理解してないのか?」


「そりゃ俺、元詐欺師だけどさ?

 金だけ奪って逃げるより、“愛憎劇”の後始末のほうが100倍めんどくせえのよ。

 心ってやつは、法的手段よりタチ悪い」


 チャットは肩をすくめ、飄々とした笑みを浮かべた。


「俺はな、嘘はつかない主義なんだよ。

 “お前が一番”って言う時は、ガチでそう思ってんの。

 ……問題は、翌月には“別の一番”が生まれてるだけ」


 ジョージは、わずかに眉を動かした。


「それを”クズ”って言うんだろ」

「違うな。“クズ”じゃなくて、“流派”だ。俺は俺の道を行ってるだけ」


 ジョージは、無言だった。

 “本物の詐欺師は、相手を本気にさせるのが上手い。”

 そして、「本物の遊び人は、それを利用して女を渡り歩く」

 チャット・フィンリーは、まさにそういう男だった。


 ジョージは視線をチャットからベッドの上へと戻す。

 そして、そこに広がる金色のシャツを指差した。


「……これはダメだ」


 チャットが吹き出した。


「は? ちょっと待て、それの何が気に入らねえんだよ?」


 ジョージは指でシャツの布地を摘まむ。

 薄く、柔らかい。

 着心地自体は悪くないだろう。

 だが、問題はそこではない。


「これは衣服の範疇を超えてる」


 チャットは大げさに天を仰ぐ。


「お前なぁ……金持ちってのは、こういうのを着るんだよ!」

「金持ちはな」


 ジョージは静かに言った。


「これは成金の服だ。俺が着るには悪趣味すぎる」


 チャットは鼻を鳴らした。


「それそれ! その悪趣味が成金なんだよ!

 “俺、金あるから”って主張、全身で叫ぶやつらの戦闘服なんだから」


 ジョージは指先でシャツをなぞる。

 派手すぎる金糸の装飾。

 高級品には違いないが、どこか滑稽なまでの誇張がある。


「これを着るくらいなら、裸の方がマシだな」

「待て、お前……まさか裸で突撃する気か? どこの戦場だよそれ!」


 チャットは笑いながらシャツを手に取り、ジョージの胸に押しつけた。


「いいから着ろよ、ジョニーさん。

 お前は、東洋の札束機関車って設定なんだから」


 ジョージは押しつけられたシャツを持ち、黙って見つめた。

 視線を落とし、考える。

 逃げ道はない。

 だが、その時チャットはぽつりと呟いた。


「なぁ、お前さ――チビで童顔なのは、もう変えらんねぇんだよ。

 だったら、服で嘘つくしかねぇだろ?」


 ジョージは顔を上げた。チャットは悪びれもせず、続ける。


「その身長と顔で無口とか、マジで補導対象。

 だから服で年齢ごと捏造すんの。俺ら、そういう仕事だろ?」


 彼は短く息を吐き、シャツを畳んだ。


「……クソが」


 チャットは笑った。


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