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055:なるほど。くだらんな

 チャットは札束を並べる。

 ジョージはそれを眺めながら、スペードのエースカードを手で弄んでいた。


「ルール、わかってんのかお前」


 ジョージはカードを指で弾きながら、淡々と口を開いた。


「ブラックジャックは、21に近づけるゲームだ。

 だが、超えたら即負け——バスト」


 チャットが口元を緩める。「ほう?」

 ジョージはカードを眺めながら続けた。


「プレイヤーは『引く』か『止まる』か。

 ディーラーは17以上になるまで、強制で引き続ける。

 数字の数え方は単純。Aエース以外の1〜10はそのまま。絵札は10。

 Aは1か11。都合のいい方を選べる」


 チャットは腕を組み、面白そうにジョージを見た。

 ジョージは無言でカードを置き、軽く指で押し出した。


「つまり、21に近づけばいい。だが、欲張ると負ける。……そういうゲームだろう?」

「その通り。合格っ!」


チャットが両手を広げて椅子にもたれた。


「ブラックジャックってのはな、勝つやつより、惜しく負けるやつが“信用される”。

 カモの演技は、完璧じゃなくていい。むしろ、完璧じゃないほうがリアルだ」


 ジョージは、静かに聞いていた。


「で。明日のお前は、運のいいカモ。

 ちょこっと勝って、ちょこっと負けて、見事に沈んでいけ。

 流れは俺が作る。お前は泳げ、力まずに」

「……なるほど。」

「そうそう、それが高級カモってもんだ。

 じゃあ、試しにやってみるか」


 チャットはカードを配る。

 ジョージはカードを手に取り、視線を落とした。


 次の瞬間、ためらいなく札束を放った。

 空気が少しだけ張る。

 チャットが眉を上げた。


「おいおい……初陣にしちゃ、ずいぶん肝が据わってるじゃねぇか?」


 ジョージは静かにカードを見つめたまま、淡々と答えた。


「初めてじゃない。」

「……へぇ?」


 チャットは口元に笑みを浮かべながら、札束を指で弾く。


「ってことは……出たな、軍仕込み!

 兵舎の裏のマットレス賭場とか、あの辺で鍛えられたクチか?」


 ジョージは無反応。

 その沈黙に、妙な重さがあった。


 チャットは舌を打ちかけて笑う。


「やっぱそうか。無言ってのは便利だな。

 でも指先が全部バラしてんのよ。

 そこ、緊張感じゃなく“慣れ”だからな」


 ジョージは、息を吐く。鼻から静かに。

 それだけで、空気が動く。


「別に、ブラックジャックのプロってわけじゃない」


「いやいやいや。プロって名乗らず勝ってく奴、それが一番タチ悪いんだって」


 チャットはカードを回しながら、まるでジョージの過去を探るような口調で続ける。


「戦場近くのカジノ、金の回転速いからな。

 軍人がギャンブルで給料溶かす話、腐るほど聞いたぜ?」


 ジョージの目じりが、わずかに動いた。


「……そういう話もあるな。」

「なるほど、“そういう話”ね。

 あくまで伝聞。便利だなそのセリフ」


 チャットは満足げに頷き、カードを再び配る。

 ジョージは無言で札束を弾き、置いた。

 チャットはテーブルの上に札束を置きながら、言った。


「そう。お前がジョニー・ウーなんじゃねぇ。

 ジョニー・ウーがそこにいるように見せるんだよ」


 ジョージは静かに立ち上がると、鏡の前に立つ。

 彼はゆっくりと息を吐き、自分を見つめる。

 そして、低く呟く。


「俺はジョニー・ウー……」


 何度も。

 チャットは腕を組み、ジョージを観察していた。


 ふと、彼は気づく。

 ジョージの声には、迷いがない。

 まるで、こういう訓練を過去に経験したことがあるかのように。


「おいおい……その言い方、妙にこなれてんな。前世そっち系か?」


 ジョージは答えない。

 ただ、もう一度呟く。


「俺はジョニー・ウー」


 そして、グラデーショングラスを掛けた。


 その瞬間、鏡の中にいるのは“ジョージ・ウガジン”ではなかった。

 完全に、“ジョニー・ウー”が出来上がっていた。

 チャットは満足げに頷く。


「なるほど……“適応力”は高いわけだ。」


 そう言いながら、彼はふと思い出したように言った。


「……なあ、ちょい待て。

 完璧なアメリカ英語だと逆に怪しまれるぞ。

 アジア系なのに生粋のネイティブすぎんのも、クラブじゃ浮く」


 ジョージはグラサン越しにチャットを見た。


「なら、東アジア訛りを使おう」


 そのまま、訛りを自然に乗せて続ける。


「問題ないカ?」


 チャットは一瞬驚き、それから指を鳴らして笑った。


「お、いいじゃん!

 じゃあ、移民家庭育ちで微妙に訛りが残ってる2世ってことでいけるな!

 それだけで一気に胡散臭さのリアルが増す」


 ジョージは静かに頷く。

 チャットは腕を組み、改めてジョージを見た。


「これなら……いける。マジで」


 ジョージは口角をわずかに上げると、もう一度低く呟いた。


「俺は、ジョニー・ウー。」


 その声には、もう何の迷いもなかった。


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