チャットは札束を並べる。
ジョージはそれを眺めながら、スペードのエースカードを手で弄んでいた。
「ルール、わかってんのかお前」
ジョージはカードを指で弾きながら、淡々と口を開いた。
「ブラックジャックは、21に近づけるゲームだ。
だが、超えたら即負け——バスト」
チャットが口元を緩める。「ほう?」
ジョージはカードを眺めながら続けた。
「プレイヤーは『引く』か『止まる』か。
ディーラーは17以上になるまで、強制で引き続ける。
数字の数え方は単純。
Aは1か11。都合のいい方を選べる」
チャットは腕を組み、面白そうにジョージを見た。
ジョージは無言でカードを置き、軽く指で押し出した。
「つまり、21に近づけばいい。だが、欲張ると負ける。……そういうゲームだろう?」
「その通り。合格っ!」
チャットが両手を広げて椅子にもたれた。
「ブラックジャックってのはな、勝つやつより、惜しく負けるやつが“信用される”。
カモの演技は、完璧じゃなくていい。むしろ、完璧じゃないほうがリアルだ」
ジョージは、静かに聞いていた。
「で。明日のお前は、運のいいカモ。
ちょこっと勝って、ちょこっと負けて、見事に沈んでいけ。
流れは俺が作る。お前は泳げ、力まずに」
「……なるほど。」
「そうそう、それが高級カモってもんだ。
じゃあ、試しにやってみるか」
チャットはカードを配る。
ジョージはカードを手に取り、視線を落とした。
次の瞬間、ためらいなく札束を放った。
空気が少しだけ張る。
チャットが眉を上げた。
「おいおい……初陣にしちゃ、ずいぶん肝が据わってるじゃねぇか?」
ジョージは静かにカードを見つめたまま、淡々と答えた。
「初めてじゃない。」
「……へぇ?」
チャットは口元に笑みを浮かべながら、札束を指で弾く。
「ってことは……出たな、軍仕込み!
兵舎の裏のマットレス賭場とか、あの辺で鍛えられたクチか?」
ジョージは無反応。
その沈黙に、妙な重さがあった。
チャットは舌を打ちかけて笑う。
「やっぱそうか。無言ってのは便利だな。
でも指先が全部バラしてんのよ。
そこ、緊張感じゃなく“慣れ”だからな」
ジョージは、息を吐く。鼻から静かに。
それだけで、空気が動く。
「別に、ブラックジャックのプロってわけじゃない」
「いやいやいや。プロって名乗らず勝ってく奴、それが一番タチ悪いんだって」
チャットはカードを回しながら、まるでジョージの過去を探るような口調で続ける。
「戦場近くのカジノ、金の回転速いからな。
軍人がギャンブルで給料溶かす話、腐るほど聞いたぜ?」
ジョージの目じりが、わずかに動いた。
「……そういう話もあるな。」
「なるほど、“そういう話”ね。
あくまで伝聞。便利だなそのセリフ」
チャットは満足げに頷き、カードを再び配る。
ジョージは無言で札束を弾き、置いた。
チャットはテーブルの上に札束を置きながら、言った。
「そう。お前がジョニー・ウーなんじゃねぇ。
ジョニー・ウーがそこにいるように見せるんだよ」
ジョージは静かに立ち上がると、鏡の前に立つ。
彼はゆっくりと息を吐き、自分を見つめる。
そして、低く呟く。
「俺はジョニー・ウー……」
何度も。
チャットは腕を組み、ジョージを観察していた。
ふと、彼は気づく。
ジョージの声には、迷いがない。
まるで、こういう訓練を過去に経験したことがあるかのように。
「おいおい……その言い方、妙にこなれてんな。前世そっち系か?」
ジョージは答えない。
ただ、もう一度呟く。
「俺はジョニー・ウー」
そして、グラデーショングラスを掛けた。
その瞬間、鏡の中にいるのは“ジョージ・ウガジン”ではなかった。
完全に、“ジョニー・ウー”が出来上がっていた。
チャットは満足げに頷く。
「なるほど……“適応力”は高いわけだ。」
そう言いながら、彼はふと思い出したように言った。
「……なあ、ちょい待て。
完璧なアメリカ英語だと逆に怪しまれるぞ。
アジア系なのに生粋のネイティブすぎんのも、クラブじゃ浮く」
ジョージはグラサン越しにチャットを見た。
「なら、東アジア訛りを使おう」
そのまま、訛りを自然に乗せて続ける。
「問題ないカ?」
チャットは一瞬驚き、それから指を鳴らして笑った。
「お、いいじゃん!
じゃあ、移民家庭育ちで微妙に訛りが残ってる2世ってことでいけるな!
それだけで一気に胡散臭さのリアルが増す」
ジョージは静かに頷く。
チャットは腕を組み、改めてジョージを見た。
「これなら……いける。マジで」
ジョージは口角をわずかに上げると、もう一度低く呟いた。
「俺は、ジョニー・ウー。」
その声には、もう何の迷いもなかった。