黒塗りのリムジンのドアが開く。
最初に降りたのは、レオン(チャット)。
金髪をラフに流し、白いスリーピーススーツを纏った長身の男。
柔らかな微笑みと共に、軽やかな足取りで車を降りた。
そして、後部座席のドアが開き――
肩を揺らすことなく、堂々と歩く男。
ジョニー・ウー。
グラデーショングラス越しに、冷ややかな視線でネオンを見つめる。
普段は無造作に散らしている黒髪は、今日はオールバックに撫でつけられ、艶やかに光を反射している。
無精髭の影は消え、顎のラインは完璧に整えられていた。
金刺繍のシャツ、ロレックスのデイトナ。
シャツのボタンは2つ、いや3つ開け、胸元には極太のゴールドチェーン。
歩くたびに、派手すぎるダイヤのトップが揺れ、鈍い光を放つ。
指には、ゴールドとプラチナのリングがいくつもはめられ、節に食い込む。
それは、まるで「金を持て余した男」の象徴。
歩くたび、控えめとは言えない輝きが、夜の街に散る。
ジョニーは片手をポケットに突っ込みながら、もう片方で札束を弾く。
指輪同士が触れ合い、微かな金属音を響かせる。
その音に紛れ――
ナックルダスターの感触が、僅かに指先に伝わった。
シークレットブーツの中に忍ばせた折りたたみナイフ。
シャツの胸ポケットに差したタクティカルペン。
すべてが、「成金のファッション」として装われていた。
チャットもまた、ジャケットの内ポケットに高級万年筆を忍ばせる。
だが、実際はセラミック製のタクティカルペン。
首元にかかる細いネックレス――見た目はただの装飾品。
だが、それは絞殺用のワイヤー。
靴底に仕込んだ小型ナイフの存在も、彼だけが知る秘密だった。
彼らは決して丸腰ではない。
だが、武装しているのではなく、武器に見えないものを持ち込んでいる。
それが、この夜を生き延びるためのルールだった。
ジョニーは、唇の片端だけをわずかに持ち上げ静かに笑った。
セキュリティが手を引き、ドアマンに合図を送る。
重厚な扉が静かに開かれた。
爆音、光、狂気。
クラブ・ドミニオンが、ジョニー・ウーを迎え入れた。
ネオンが踊る。
その内部は、まるで地獄に装飾を施したような場所だった。
壁一面に設置されたLEDが波のように色を変え、赤と紫のグラデーションがゆっくりと脈打つ。
天井には無数のスモークマシンが仕掛けられ、空気中に微細な霧が漂っている。
それが、レーザーライトの軌道を可視化し、空間に立体的な檻を描いていた。
ベースの重低音が床から臓腑を揺らす。
音ではなく、「圧力」として感じるレベルのサウンド。
鼓膜の奥に何かが詰まるような感覚に、まともな思考は削がれる。
フロアの奥では、鋼のポールに絡みついた女たちが、照明の明滅とシンクロするように身体を揺らす。
その滑らかな肌にはオイルが塗られ、ライトを反射して汗にも見える淫靡な光沢を帯びていた。
香水、煙草、酒、薬物、汗、ラバーの匂い。
空気は、混ざり合った欲望のカクテルのようだった。
光が刺さる。ノイズが削る。空気が、まともじゃない。
ジョージは無意識に耳に触れていた。静寂を探していた。
――そんな空間の中央。
ゆっくりと、音と視線を従えて女が現れる。
深紅のドレスは絹のように艶を帯び、身体の起伏をなぞるように貼りついていた。
一歩進むたびに、スリットの布が脚に吸いつき、湿った音すら立てそうなほど艶やかに剥がれる。
ハイヒールが作る緩やかな脚線美。
その動きは、歩くというより「触れて歩かせる」ための所作だった。
腰のくびれから背中にかけて大胆に露出したカットが、
肉体の一番滑らかなラインだけを計算して見せていた。
そこには、偶然も羞恥もなかった。ただ「魅せる」ための意志だけがあった。
香水は、焼けた砂糖のように甘く、わずかに焦げたような苦味を孕んでいた。
その匂いは、嗅いだ瞬間に喉の奥に落ちる。
性的な記憶のスイッチを押すような、危険な調香だった。
彼女は自然に笑い、だがその笑顔は本物を知らない女の微笑みだった。
ジョニーの背後からそっと近づき、肩の上に滑らせるように腕を回す。
ジョニーは、その手を握り返し、腰へと自然に導いた。
胸元は深く、光の角度によって谷間が影となり、覗き込むほどに意識を吸い込むようだった。
唇には湿った艶のグロス。
青いライトがその艶に反射し、まるで濡れているかのような錯覚を与える。
「この店、気に入った。女も空気も、溶けすぎてて形がねぇ」
喉の奥で焼いたような声。
ウイスキーをこぼして一晩放置したような粘りと渋み。
女の目が、とろんと溶ける。
ジョニーは彼女の首筋に顔を寄せ、甘く笑った。
「VIPってのは、俺に溺れる準備ができてるって意味で、合ってるよな?」
耳元で囁くと、女は笑い声を漏らしながら身体を預けてくる。
そのまま、艶やかな2人の影は、階段を上っていく。
足元のステップライトが、ゆっくりとふたりを照らす。
まるで昇天の儀式のように。
彼女は、甘えるように唇を近づける。
何かを囁いた……が、突如に響いた爆音にかき消され、内容は届かない。
届いたのは、唇ではなく吐息の質感。
熱を帯びた湿気だけが、ジョニーの首筋をなぞった。
──だがその裏で。
ジョージの意識は冷めていた。
足音の反響、視線の動き、警備の配置。
彼は欲望の皮を被りながら、すべてを観察していた。
女の香水の中に、薬物反応はない。
触れてくる腕に力はない。
手首の動きに、何の武装も仕込みも感じない。
(問題なし。次のポイントへ)
その時、階下で何かが崩れる音がした。
テーブルが倒れ、若い男が泡を吹いて痙攣する。
だが誰も騒がない。音楽も止まらない。
スタッフが無言で運び出し、フロアはまた何事もなかったように動き出す。
ジョージはサングラスに付けられた小型カメラで、その一部始終を確実に“記録”した。
そして、微笑んだまま女の腰を引き寄せ──
「悪くない夜になりそうだ」
そう囁き、ゆっくりとVIPルームの扉を開けた。
◇
BGM
Bad Boys 2 (Techno tune at the club) - Starecase - Stuck in the middle