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056:フェーズ・0 ようこそ、札束が舞う戦場へ


 黒塗りのリムジンのドアが開く。


 最初に降りたのは、レオン(チャット)。

 金髪をラフに流し、白いスリーピーススーツを纏った長身の男。

 柔らかな微笑みと共に、軽やかな足取りで車を降りた。


 そして、後部座席のドアが開き――


 肩を揺らすことなく、堂々と歩く男。

 ジョニー・ウー。

 グラデーショングラス越しに、冷ややかな視線でネオンを見つめる。


 普段は無造作に散らしている黒髪は、今日はオールバックに撫でつけられ、艶やかに光を反射している。

 無精髭の影は消え、顎のラインは完璧に整えられていた。


 金刺繍のシャツ、ロレックスのデイトナ。

 シャツのボタンは2つ、いや3つ開け、胸元には極太のゴールドチェーン。

 歩くたびに、派手すぎるダイヤのトップが揺れ、鈍い光を放つ。


 指には、ゴールドとプラチナのリングがいくつもはめられ、節に食い込む。


 それは、まるで「金を持て余した男」の象徴。

 歩くたび、控えめとは言えない輝きが、夜の街に散る。

 ジョニーは片手をポケットに突っ込みながら、もう片方で札束を弾く。

 指輪同士が触れ合い、微かな金属音を響かせる。


 その音に紛れ――

 ナックルダスターの感触が、僅かに指先に伝わった。

 シークレットブーツの中に忍ばせた折りたたみナイフ。


 シャツの胸ポケットに差したタクティカルペン。

 すべてが、「成金のファッション」として装われていた。


 チャットもまた、ジャケットの内ポケットに高級万年筆を忍ばせる。

 だが、実際はセラミック製のタクティカルペン。

 首元にかかる細いネックレス――見た目はただの装飾品。


 だが、それは絞殺用のワイヤー。


 靴底に仕込んだ小型ナイフの存在も、彼だけが知る秘密だった。

 彼らは決して丸腰ではない。

 だが、武装しているのではなく、武器に見えないものを持ち込んでいる。


 それが、この夜を生き延びるためのルールだった。

 ジョニーは、唇の片端だけをわずかに持ち上げ静かに笑った。


 セキュリティが手を引き、ドアマンに合図を送る。

 重厚な扉が静かに開かれた。




 爆音、光、狂気。

 クラブ・ドミニオンが、ジョニー・ウーを迎え入れた。


 ネオンが踊る。

 その内部は、まるで地獄に装飾を施したような場所だった。


 壁一面に設置されたLEDが波のように色を変え、赤と紫のグラデーションがゆっくりと脈打つ。

 天井には無数のスモークマシンが仕掛けられ、空気中に微細な霧が漂っている。

 それが、レーザーライトの軌道を可視化し、空間に立体的な檻を描いていた。


 ベースの重低音が床から臓腑を揺らす。

 音ではなく、「圧力」として感じるレベルのサウンド。

 鼓膜の奥に何かが詰まるような感覚に、まともな思考は削がれる。


 フロアの奥では、鋼のポールに絡みついた女たちが、照明の明滅とシンクロするように身体を揺らす。

 その滑らかな肌にはオイルが塗られ、ライトを反射して汗にも見える淫靡な光沢を帯びていた。


 香水、煙草、酒、薬物、汗、ラバーの匂い。

 空気は、混ざり合った欲望のカクテルのようだった。


 光が刺さる。ノイズが削る。空気が、まともじゃない。

 ジョージは無意識に耳に触れていた。静寂を探していた。


――そんな空間の中央。

 ゆっくりと、音と視線を従えて女が現れる。


 深紅のドレスは絹のように艶を帯び、身体の起伏をなぞるように貼りついていた。

 一歩進むたびに、スリットの布が脚に吸いつき、湿った音すら立てそうなほど艶やかに剥がれる。


 ハイヒールが作る緩やかな脚線美。

 その動きは、歩くというより「触れて歩かせる」ための所作だった。


 腰のくびれから背中にかけて大胆に露出したカットが、

 肉体の一番滑らかなラインだけを計算して見せていた。

 そこには、偶然も羞恥もなかった。ただ「魅せる」ための意志だけがあった。


 香水は、焼けた砂糖のように甘く、わずかに焦げたような苦味を孕んでいた。

 その匂いは、嗅いだ瞬間に喉の奥に落ちる。

 性的な記憶のスイッチを押すような、危険な調香だった。


 彼女は自然に笑い、だがその笑顔は本物を知らない女の微笑みだった。

 ジョニーの背後からそっと近づき、肩の上に滑らせるように腕を回す。


 ジョニーは、その手を握り返し、腰へと自然に導いた。


 胸元は深く、光の角度によって谷間が影となり、覗き込むほどに意識を吸い込むようだった。

 唇には湿った艶のグロス。

 青いライトがその艶に反射し、まるで濡れているかのような錯覚を与える。


「この店、気に入った。女も空気も、溶けすぎてて形がねぇ」


 喉の奥で焼いたような声。

 ウイスキーをこぼして一晩放置したような粘りと渋み。

 女の目が、とろんと溶ける。


 ジョニーは彼女の首筋に顔を寄せ、甘く笑った。


「VIPってのは、俺に溺れる準備ができてるって意味で、合ってるよな?」


 耳元で囁くと、女は笑い声を漏らしながら身体を預けてくる。

 そのまま、艶やかな2人の影は、階段を上っていく。


 足元のステップライトが、ゆっくりとふたりを照らす。

 まるで昇天の儀式のように。


 彼女は、甘えるように唇を近づける。

 何かを囁いた……が、突如に響いた爆音にかき消され、内容は届かない。

 届いたのは、唇ではなく吐息の質感。

 熱を帯びた湿気だけが、ジョニーの首筋をなぞった。


──だがその裏で。


 ジョージの意識は冷めていた。

 足音の反響、視線の動き、警備の配置。

 彼は欲望の皮を被りながら、すべてを観察していた。


 女の香水の中に、薬物反応はない。

 触れてくる腕に力はない。

 手首の動きに、何の武装も仕込みも感じない。


 (問題なし。次のポイントへ)


 その時、階下で何かが崩れる音がした。


 テーブルが倒れ、若い男が泡を吹いて痙攣する。

 だが誰も騒がない。音楽も止まらない。

 スタッフが無言で運び出し、フロアはまた何事もなかったように動き出す。


 ジョージはサングラスに付けられた小型カメラで、その一部始終を確実に“記録”した。


 そして、微笑んだまま女の腰を引き寄せ──


「悪くない夜になりそうだ」


 そう囁き、ゆっくりとVIPルームの扉を開けた。



BGM


Bad Boys 2 (Techno tune at the club) - Starecase - Stuck in the middle



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