札束の山。
スモークガラスのシャンデリアが、鈍く鈍く光を落としていた。
葉巻とウィスキーが混ざった空気が、重たく部屋に沈殿している。
――VIPルーム。罠の中心。
爆発するような笑い声が響いた。
声の主は、札束をテーブルに叩きつけた男。
ジョニー・ウー。陽気な仮面を貼りつけた獣。
「ハッ! 運も実力も、ぜんぶこの手の中ってヤツよ!」
一拍。
場の空気が、変わった。
“カモ”
その一語が、全員の表情ににじんだ。
チャットは静かにグラスを傾けながら、黙って見ていた。
脳内では、すでに別のゲームが始まっている。
+1、+1、0、−1、+1……
カードが捲られるたびに、視界の隅で数が並び替えられていく。
それは感覚ではない。
演算。戦場で使う脳の使い方だ。
(52枚中、既出17枚。カウント+4。
ハイカードの出現率は、16.8%増。
“勝たせ”のフェーズ。予定通りだな)
ディーラーの手癖も、外部シグナルも問題なし。
チャットは空気の隙間を嗅ぎ、流れの変化を読む。
演技。統計。空気の制御――それが彼の戦いだった。
(悪くない。ここのディーラーは、演出に長けている。
客を勝たせて、札束を積ませて、底を抜く。
なら、その流れごと“逆用”すればいい)
配られるカード。
ジョージの手には「10」と「6」。計16。
ディーラーの表は「7」。
(……ニュートラルか。流れを崩すほどじゃない)
ジョージが指先で札束を弾き、片方の口角だけを吊り上げる。
「……微妙だなァ。
でも、ヒットだ」
カードが滑る。
「4」
ジョージの手は20。
チャットは心中でカウントを更新しながら、グラスを傾ける。
(+1。悪くない)
ディーラーが自身のカードをめくる。「10」そして「6」、計16。
次のカードは――「7」。
バスト。ディーラー23。
「ハッ! 俺は天才だな?」
ジョージが吠えるように笑い、札束を再びテーブルに叩きつける。
ホステスが甘えた声で笑いながら、その腕にしなだれかかる。
チャットはグラス越しにテーブルを見た。
(カウントは+3。次でハイカードが来る)
ギャラリーの熱が上がる。
その空気の中で、ジョージは完璧に“ハマった”。
「ジョニー様、今、ツイてますねえ?」
「フッ。レオン、お前の占い、当たるじゃねぇか」
再びカード。
「エース」と「キング」――21。
――BLACK JACK――
歓声。
ジョージがサングラスを投げ、ホステスがそれを拾いに走る。
チャットは、沈黙のままワインの液面を見つめていた。
(……これで完全に“ツイてる”と思い込んだな)
◇
数ラウンドが過ぎた。
場は熟しきっていた。
ジョージの脳内には「勝っている」という感覚だけが刻まれている。
だがチャットは冷静だった。
カウントは「−2」へと下降。
今は“締め”のフェーズ。札束を回収する時間帯だ。
タイミングを計り、チャットがジョージの肩を軽く叩いた。
「ウー様……そろそろクールダウンの頃合いです」
一瞬の目配せ。
ジョージはそれを理解した。
流れが切り替わった、という合図。
だが、あえて鼻で笑う。
「クールダウン? ははっ、冗談言うな。
カジノは“流れ”がすべてだろうが」
チャットはわざとらしく溜息を吐く。
その姿を周囲は見逃さない。
「……困った方ですね」
ジョージが再び札束を投げた。
カードが配られる。
「6」と「9」――合計15。
ディーラーの表は「ナイト(10)」
(カウントは−3。これは、確実に沈む)
それでもジョージは迷いなくチップを積んだ。
「ヒットだッ!」
配られたのは「5」――計20。
チャットは再びグラスを傾ける。
(ディーラーの手が20か21なら、引き分けか……いや)
ディーラーは、沈黙のままカードをめくった。
「エース」――21。
ジョージは一瞬だけ歯を食いしばる。
そして、豪快に笑った。
「チッ……まあいい。遊びに来たんだしなッ!」
ホステスが耳元で囁く。
「ウー様……まだツキは残ってますよ?」
ジョージはその顎を指で持ち上げた。
「そうか? じゃあ、もっと引き寄せないとな」
そう言って、彼女の唇の端にチップを挟み込む。
チャットは、それを見ていた。
冷ややかな目で。
(……完璧だ。
本物の“カモ”に見える)
すべてが、計画通りだった。
その時、奥からシルバーのトレイを持ったトップレスの女が近づいて来た。