重厚なレザーの椅子に沈みながら、ジョージは“ジョニー・ウー”を演じ続けていた。
額に汗はない。口元には余裕の笑み。
だが、テーブルの札は――確実に傾き始めていた。
「チッ……またかよ。
ツキがどっかにバカンス行ったか?」
天井を仰ぎ、わざとらしく肩をすくめる。
(……流れを変えたな。勝たせた分を、回収にかかってきた)
派手な仕掛けはない。
だが空気が変わった。
“勝たせて油断させ、飲ませる”
それが、クラブ・ドミニオンの手口だった。
斜め後ろから銀のトレイが差し出された。
視線を上げると、トップレスの女。
酒と香水の甘い匂いをまとって揺れる。
薄い笑みを浮かべ、ジョージの背後から回り込む。
そのまま、柔らかい身体を押しつけながらトレイを差し出した。
「ジョニー様……お疲れでしょう?
特別な夜には、特別なキマり方を」
声が耳を撫でる。
吐息は熱く、舌の気配が混じる。
女の胸が背中に押し当てられる。
指がスラックスの腰元に添えられた。
(来たか……)
ジョージはグラスを持ち上げ、視線をトレイに落とす。
粉は雪のように粒が立ち、錠剤はラメ入りのパステルカラー。
瓶の中身は粘度のある透明な液体。
錠剤のひとつを、ほんの一瞬だけ見つめた。
色が微妙に層になっていた。
上からラベンダー、白、中心はうっすら青。
「……配合、変わったな」
「ええ。VIP限定。
柔らかくて、キレがいいって……
皆さんお好き」
“キレ”という言葉が、喉に引っかかった。
(見せ札か、あるいは本気か……
どっちでも構わない。飲む気はない)
笑った。
冷たい酒と熱い皮肉をグラスに混ぜ込むように。
「おいおい……俺がいくら突っ込んでると思ってんだ。
クスリで勝てるなら、カジノなんざ今ごろ焼けてるだろ」
女が甘く笑いながら、胸をさらに押しつけてくる。
指先が、ゆっくりと内ももを這った。
濡れた舌先のような動きだった。
スラックス越しに、彼の中心を探ろうとする。
熱。匂い。肉体の要求。
場の空気に溶けた欲望が、臨界まで膨らんでいた。
「あら、意外と真面目さんなのね」
だが、ジョージの身体は微動だにしない。
代わりに――右手が動いた。
グラスをわざとこぼしそうに傾け、女の手元へ向ける。
「あぶね。高いやつなんだ、これ」
女の手がトレイを支え直す。
ジョージは笑顔のまま、わずかに身を引いた。
「俺は“脳ミソ”にゃ投資しない主義でね。
酒と、勝負と女。
それでじゅうぶんキマってる」
派手な身振りの裏に、鉄の芯が通っていた。
女は肩をすくめた。
隣――チャットの前にも、女がトレイを滑らせていく。
「あなたも、どう?」
チャットはワインを掲げ、少し芝居がかった笑みを返す。
「嬉しいね。けど俺がキマると、24時間しゃべりっぱなしでさ。
この店のVIP情報、うっかり全部漏らすかも」
女が小首をかしげる。
「……それは困るわ」
「でしょ? だから俺はワインで充分。
それに、ボスの財布と命も預かってる。
俺が転んだら……クビが飛ぶ。物理的にな」
女は冗談と受け取り、喉を鳴らして笑った。
トレイは引き下げられ、香水の匂いも遠のいていく。
ジョージは無言で見送った。
指先でカードを1枚、静かに弾いた。