深夜1時半。
クラブ・ドミニオンの照明は落ち着きはじめ、空気に疲労と甘い残り香が混じっていた。
ジョージとチャットは、女を二人連れてロビーを抜けようとしていた。
ひとりは赤のスリットドレス。
もう一人はスパンコールのミニにカールヘア。
腕に絡む肌の温度。笑い声。
まるで勝利のトロフィーのように、2人は男たちに寄り添っていた。
「今夜も見事でしたね、ジョニー様」
「当然だ、レオン。
俺の夜は、世界遺産に登録してもいいくらいだろ?」
ジョージの成金芝居はまだ解かれていない。
チャットも笑いを含ませながら、自然に歩調を合わせる。
──だが。
ロビーを抜けようとしたその瞬間、向かいの廊下から一団が現れた。
中央にいるのは、キングスリー。
美女3人を
ふとキングスリーの焦点が、ジョージとチャットに向く。
ジョージを見て、止まった。
何か考えるように目を細めた。
チャットの肩がわずかに緊張する。
だが、面識のあるジョージだとキングスリーに悟られるわけにはいかない。
ここは自分がなんとかするべきだと、すぐに一歩前に出た。
「失礼を、キングスリー様ですね?
こちら……うちのボスの顔を、ぜひ通しておきたくて」
チャットは、人懐っこくも距離を詰めすぎない絶妙な笑顔で一礼する。
キングスリーが、ぼんやりとチャットを見た。
「私、レオン・ドゥシャン=ヴァレリエール。
今は文化資本再定義プロジェクトを主宰しておりまして。
簡単に言えば、記憶に投資する時代を先読みするファシリテーターです」
キングスリーが酔った顔のまま、眉間に深い皺を寄せた。
「こちら、ジョニー・ウー。
東アジア圏におけるメタリアル資産の実証事業で、国際的な成功事例を多数持つ方です。
今はNFT、DAO、AI統合型アートバリュー……
そういった実体なき価値の再編成を専門にしてましてね」
チャットはどこか意識高い系詐欺セミナートークめいた熱を込め、言葉を続ける。
「今ちょうど、感情の貨幣化というテーマで、エモーショナルエコノミーとナイトカルチャーの交差点を模索してるところでして。
このクラブ・ドミニオンの空間演出。極めて興味深い――」
──と、チャットは語っていた。
もはや自分でも何を言っているのか半分以上分かっていない。
しかし、「とりあえず喋ってる間は殴られない理論」で全力疾走中だった。
「今後、我々としては魂の体験設計を収益モデルに転換できるかという観点から――」
「――ああもう、分かった分かった……」
キングスリーは話を遮るように手を目の前でひらひらさせた。
焦点は定まっていない。
「今度、一度お時間をいただければ。
文化と資本、東西の融合。夢のある話ですよ。
今後のグローバル戦略においても、貴クラブの存在は象徴的ですからね」
「…………」
キングスリーは困ったような、面倒くさそうな顔で口を開いた。
「わかった……また今度な……えーと」
「ジョニーです」
ジョージが一言だけ、口を挟んだ。
「……ジョンでいいや」
それだけ呟くと、キングスリーは美女たちを引き寄せ、ふらつきながら別の廊下へと消えていった。