高級レザーの内装に、仄かな香水の匂いが溶け込んでいる。
リムジンの後部座席には、ジョージとチャット。
そして彼らに寄り添うように、2人の美女が腰をかけていた。
ハンドルを握るのは、無言のプロフェッショナルな運転手。
車内は静かだったが、その空気は艶っぽく湿っていた。
「ねえ、今夜はどこ行くの?」
カールヘアの女が甘えた声で訊く。
ジョージは一瞥だけしてから、無言で窓の外に視線を移した。
「すまん。今夜はちょっと、仕事が入った」
「えぇ? もう終わったんじゃないの?」
もう一人の女が不満げに唇を尖らせる。
ジョージは首を横に振った。
「気持ちはありがたい。
……けど、遊ぶには集中力が要る。
今の俺じゃ、君たちの期待に応えられない」
その言い方は、誠実とも、冷淡とも取れた。
チャットは斜めの席でそのやり取りを聞きながら、こみ上げる笑いを必死に押し殺していた。
口元に指を当て、震えるのを隠すように。
やがて、ジョージが短く運転手に告げた。
「ハイアット・リージェンシーまで頼む。
……エントランス前でいい」
「かしこまりました」
リムジンはゆっくりと進路を変え、川沿いの道を静かに滑る。
窓の外には、ハドソン川と摩天楼の残光。
やがて、ホテルの照明が水面に滲んだ。
車はエントランス前でぴたりと止まった。
ドアマンが動きかけたが、ジョージは無言の視線で牽制する。
「客ではない」――そう伝えるだけの冷ややかさで。
ジョージは懐から札を抜いた。
指先で2つ折りにした100ドル札を、それぞれの手に2枚ずつ。
厚みと無言が、別れのすべてを語っていた。
「楽しかった。
……今日はここまで。また今度な」
女たちは一瞬だけ目を見交わし、次いで笑った。
ヒールの音を響かせ、煌びやかなロビーの前を通り過ぎていく。
ドアが閉まり、車内に静けさが戻った。
香水の残り香だけが、わずかに漂っていた。
◇
リムジンは再び音もなく加速を始める。
後部座席で、ジョージがサングラスを外し、長く息を吐いた。
――最悪だ。
ついさっきまで隣にいた女たちは、金の匂いだけを残して去った。
ヒールを鳴らしながら次の獲物を探し、あの程度の男の顔など明日には忘れる。
ジョージはズボンのポケットを探った。
……何もない。
もう一方も、空だった。
「……くそっ」
小さく舌打ちすると、驚いたような顔でチャットが目線を送ってくる。
「何やってんだ?」
「……タバコだ」
「……は? お前、禁煙中だろ?」
「知ってる!!」
苛立ちが抑えきれず、声に滲む。
ジョージは乱暴にシートへ身を沈め、天井を睨みつける。
思わず、両手で髪を掴んだ。
グシャ、と髪が指に絡まる。
「あ゛ーーーもう!! くそったれが!!」