エンジンの振動音が、静かな空気をすべるように流れていった。
「外出音」。それだけで、ジョージの意識は覚醒する。
時計を見る。午前7時。
レイチェルが、送迎に出たのだとすぐに察した。
ジョージはすぐに身を起こし、スマホを確認しながらダイニングに向かう。
録音データの一覧を見ながら、ジョージは水を飲んだ。
ファイル名の横に並ぶのは、AIによる自動要約。
【要約①】
――昨夜のジョニー・ウーに関する愚痴
【要約②】
――男1:『例の東洋のチビ、今週中に片付ける』発言を含む会話
――男2:制裁対象に関するコード名照合
――男3:『いつにするか』と応答。詳細は不明
【要約③】
――男:顧客コード不一致に関する発言
――キングスリー:内部人脈の名を暗示
――女:VIP席で薬物関連の隠語使用
要約②に、ジョージは眉をわずかに上げた。
……まさかジムには来まい。
少なくとも、子どもや見物人のいる時間は避けるはずだ。
ジョージは一つ深く息を吐き、チャットにコールする。
通話がつながると、開口一番、聞き慣れた軽薄な声が響いた。
『どーもどーも、今朝も絶好調、夜はもっと絶頂。
チャールズ・“目覚めしカリスマ”・フィンリーでーす。ご指名ありがと』
「……今どこだ」
ジョージの声は低く乾いていた。
朝からテンションが高いチャットに、ウンザリしていた。
『うわ、渋い。寝起き? まさか——初恋が散ったとか』
「チャールズ……」
本名を呼ばれた途端、チャットの口調が切り替わる。
『あいあい、真面目モードね。了解。
今はオフィス。
ヴィンセントと録音ログ見ながら、君の“置き土産”について頭ひねってたところ』
「要約、3つ目まで確認したか」
『ああ。特に2番のさ、“片付ける”って単語、耳にした瞬間、ヴィンちゃんがコーヒー吹いたよ。
しかも“例の東洋のチビ”って……君、どんだけ敵に覚えられてんの?』
「……くだらん部分はどうでもいい。中身だ」
『了解、ボス。
……にしてもさ、昨日のジョニー・ウーっぷり、完璧すぎた。
ちょっと惚れた』
「二度とやらん」
『だよな。脂っこすぎて、俺まで胸焼けした』
ジョージは無言で室内を一巡する。
カーテン越しの光が、わずかに部屋を白く照らしていた。
「要約の3番、“VIP席、女、コード名フラッシュ”ってのは……」
『裏の合図だね。“フラッシュ”は、組織内で“取引可能”の暗示。
ただ、今回はコード名とタイミングがズレてた。
おそらく新人か、訓練不足のホステスがミスった可能性が高い』
「その女は?」
『今照会中。
顔認証が一部欠損してるけど、AIが有力候補2名をピックアップしてくれた』
ジョージは端末に映るログをスクロールしながら、黙って頷いた。
「ΩRMのAI、動作は安定してるな」
『でしょでしょ?
既存の生成AIに、うちで開発した音声識別モジュールと諜報用データ照合ロジックをがっちゃんこして、ちょちょいと魔改造。
ΩRM専用、ロミオβくんの誕生ってわけ!
恋人みたいに尽くしてくれるし、愚痴も聞いてくれる優男だよ?
人格まで与えてみた』
「……与えるな。気持ち悪い」
『褒め言葉として頂戴するわ』
ジョージは短く鼻を鳴らし、腕時計の時刻に目をやった。
「昼前に行く。ログの生データも出しておけ。
AI要約は……補助にすぎない」
『はいよ。本番はこれからだ。
君の脳みその出番、楽しみにしてる』