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068:恋人みたいに尽くしてくれて、愚痴も聞いてくれる優男

 エンジンの振動音が、静かな空気をすべるように流れていった。

「外出音」。それだけで、ジョージの意識は覚醒する。

 時計を見る。午前7時。

 レイチェルが、送迎に出たのだとすぐに察した。


 ジョージはすぐに身を起こし、スマホを確認しながらダイニングに向かう。

 録音データの一覧を見ながら、ジョージは水を飲んだ。


 ファイル名の横に並ぶのは、AIによる自動要約。


【要約①】

――昨夜のジョニー・ウーに関する愚痴


【要約②】

――男1:『例の東洋のチビ、今週中に片付ける』発言を含む会話

――男2:制裁対象に関するコード名照合

――男3:『いつにするか』と応答。詳細は不明


【要約③】

――男:顧客コード不一致に関する発言

――キングスリー:内部人脈の名を暗示

――女:VIP席で薬物関連の隠語使用


 要約②に、ジョージは眉をわずかに上げた。

 ……まさかジムには来まい。

 少なくとも、子どもや見物人のいる時間は避けるはずだ。


 ジョージは一つ深く息を吐き、チャットにコールする。

 通話がつながると、開口一番、聞き慣れた軽薄な声が響いた。


『どーもどーも、今朝も絶好調、夜はもっと絶頂。

 チャールズ・“目覚めしカリスマ”・フィンリーでーす。ご指名ありがと』

「……今どこだ」


 ジョージの声は低く乾いていた。

 朝からテンションが高いチャットに、ウンザリしていた。


『うわ、渋い。寝起き? まさか——初恋が散ったとか』

「チャールズ……」


 本名を呼ばれた途端、チャットの口調が切り替わる。


『あいあい、真面目モードね。了解。

 今はオフィス。

 ヴィンセントと録音ログ見ながら、君の“置き土産”について頭ひねってたところ』


「要約、3つ目まで確認したか」


『ああ。特に2番のさ、“片付ける”って単語、耳にした瞬間、ヴィンちゃんがコーヒー吹いたよ。

 しかも“例の東洋のチビ”って……君、どんだけ敵に覚えられてんの?』


「……くだらん部分はどうでもいい。中身だ」


『了解、ボス。

 ……にしてもさ、昨日のジョニー・ウーっぷり、完璧すぎた。

 ちょっと惚れた』


「二度とやらん」


『だよな。脂っこすぎて、俺まで胸焼けした』


 ジョージは無言で室内を一巡する。

 カーテン越しの光が、わずかに部屋を白く照らしていた。


「要約の3番、“VIP席、女、コード名フラッシュ”ってのは……」


『裏の合図だね。“フラッシュ”は、組織内で“取引可能”の暗示。

 ただ、今回はコード名とタイミングがズレてた。

 おそらく新人か、訓練不足のホステスがミスった可能性が高い』


「その女は?」


『今照会中。

 顔認証が一部欠損してるけど、AIが有力候補2名をピックアップしてくれた』


 ジョージは端末に映るログをスクロールしながら、黙って頷いた。


「ΩRMのAI、動作は安定してるな」


『でしょでしょ?

 既存の生成AIに、うちで開発した音声識別モジュールと諜報用データ照合ロジックをがっちゃんこして、ちょちょいと魔改造。

 ΩRM専用、ロミオβくんの誕生ってわけ!

 恋人みたいに尽くしてくれるし、愚痴も聞いてくれる優男だよ?

 人格まで与えてみた』


「……与えるな。気持ち悪い」


『褒め言葉として頂戴するわ』


 ジョージは短く鼻を鳴らし、腕時計の時刻に目をやった。


「昼前に行く。ログの生データも出しておけ。

 AI要約は……補助にすぎない」


『はいよ。本番はこれからだ。

 君の脳みその出番、楽しみにしてる』

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