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第2話 不思議なカバン


 テオはぽかんと口を開けてしまっていた。

 目の前で見せつけられた早変わりは奇術とも魔術とも何かが違う異様な光景だった。

 間抜け面をさらすテオの顔の前で店主――シュネールナはヒラヒラと手を振ってみせる。


「もしもーし? 少年、聞こえているかな?」

「あっえっ……わっ」

「ま、もう慣れた反応だけどね? そうやって間抜け面をしていちゃあ話は進まないよ」


 シュネールナの指摘にテオは驚きをなんとか飲み込んでフゥと一息ついて店を訪ねた目的をたどたどしく口にする。


 「あのえっと……僕の妹が変な病気にかかっちゃったんです。町のお医者様にも、大きな町のお医者様にも診てもらおうとしたんですけど断られてしまって……」

 「ふむ、妹さんにはどんな症状がでたのかな?」

 「体中が痛むみたいで、それから高熱も。それに変な痣みたいなのが浮かんでて……」


 痣のあたりでにシュネールナはスッと目を細めたが、テオはそれには気が付かない。

 なお口を開こうとするジャックに「もういいよ」とシュネールナはそれを遮った。


 「私は医者ではなくあくまで薬師だ。だから病気の症状の診断は専門外でね? 全くの門外漢というわけでもないから少しはわかるが、妹さんの症状は少し難しそうだ」

 「あの……妹は治らないんでしょうか?」


 テオの不安げな問いにシュネールナはそれを笑い飛ばす。


「安心したまえよ。言ったろう? どんな薬でもあると。より正確に言うなら“作れる”だね」

「本当ですか?!」

「どんな病も癒す万能薬だって私は調合できるのだよ? 当然だね。だが……万能薬は素材が貴重で高くつく、とってもね」


 値段の話になるとテオは表情を暗くしてしまう。テオの父は首都で門兵をしているが、稼ぎは多くない。


「あの、うち……あんまりお金持ちじゃ……」

「だろうね」


 シュネールナのバッサリと切り捨てたような対応にテオはここも駄目かと諦めそうになったがそこで不意に頭にポンと手が置かれた。


「ま、とりあえず妹さんを診せてもらうとしようか。もしかしたら安い薬で治るような病かもしれないしね」


 ニヒルに微笑んで見せたシュネールナは、ほらほらとテオの背を押すと、店の扉の前まで進みバンと開け放つ。テオは呆気にとられていたが、すぐにシュネールナの意図に気付き表情を明るくした。


「ありがとう! お姉さん!」

「お姉さんはよしておくれよ。さっき見せただろう? 男か女かも、どれだけ老いているのかも。もう自分でもよくわかってないんだ」

「そうなの? でも今はお姉さんに見えるよ?」

「見てくれだけは、ね。だけど呼ぶならシュネールナさんと呼びたまえ」

「うん!」


 店の外へ出ると「少し待ちたまえ」とシュネールナは扉に鍵を挿し込みカチリと回すと扉の紋章にばっと手のひらをかざした。

 数秒、十数秒とそのままの姿勢で固まっていたが急に「ああもう!」と悪態をつく。


 「やっぱり調子が悪いな……」

 「どうかしたの?」

 「あ、いやこっちの話だ」


 テオに尋ねられ、首だけで振り向き答えるとシュネールナは扉を乱暴にガンガンっと蹴飛ばした。

 途端、店全体がバタンバタンと内側に折りたたまれるようにしてみるみるとトランクサイズのカバンにまで小さくなってしまった。金属製の煙突だけがまだ突き出して煙を吹いていたがシュネールナが叩くと取っ手の形へと早変わりした。


 「うわああ! 店がカバンになっちゃった!」

 「昔知り合いの空間魔術師にやってもらったんだ。見事なものだろう? でも最近調子が悪くてね……治すにもその魔術師はずいぶんまえに棺に入ってしまったし困ったものだよ」


 やれやれと肩をすくめるとシュネールナはよっこらせとカバンを持ち上げ「さぁ行こうか、案内を頼むよ」とテオに先を行くように手を向けた。

 二人が森を抜け街道をゆっくりと進んでいる間テオは興味津々シュネールナを質問攻めにしていた。


「シュネールナさんは旅の薬師なの? このあたりにはいつ来たの?」

「つい今朝だよ。よさそうな森があったものだから薬草探しついでにね」

「あの森にも使える薬草があるの?」

「もちろん。草や木の実、きのこ、いろいろある。それだけじゃない。魔物の素材も石や金属だって薬になる。なんだって使いようさ」

「すごいなぁ」

「とはいえ希少な素材はなかなか見つからない。材料集めも一苦労だ。それに私はあんまり腕っぷしには自信がなくてね? もっぱら冒険者に依頼して魔物の素材は採ってもらうことが多いね」

「じゃあ僕もいつか冒険者になってシュネールナさんの材料集めを手伝うよ」

「それはいい。君が冒険者になった暁にはぜひ頼むことにしよう」


 小一時間も歩いていると簡易の壁に囲まれた小さな町が見えてくる。


「あれが僕の住んでる町だよ!」

「近くて良かったよ。少しばかり腕が疲れてきたところだったんだ」


 シュネールナはカバンを下げた腕を入れ替えてぶらぶらと振って見せた。その疲れた表情にテオは「僕がカバンを持ってあげる!」と元気いっぱいな笑顔を向けた。












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