それは、初夏の終わり、梅雨が明けるか明けないかという、少し蒸し暑い日だった。
朝、スマホに届いた一通のメッセージ。
> 「今日の午後、会いに行く。」
えっ……?一瞬、目を疑った。
> 「今、新幹線の中。急に思い立っちゃってさ。」
画面の向こうの彼が、ちょっと照れたように笑ってる気がした。
「もう……!ちゃんと予定合わせてくれればよかったのに!」
文句を言いながら、私は内心、胸が高鳴っていた。
こんな風に「会いたくて来た」なんて、ドラマの中だけかと思ってた。
慌てて鏡の前に立ち、髪を整える。
お気に入りのワンピースに着替え、最低限のメイクをして、駅へ向かった。
午後2時過ぎ。改札の向こうに、優斗さんの姿を見つけた。
「───来てくれたんだ。」
「うん。どうしても、君に会いたくなった。」
汗ばんだシャツと、ほんのり日焼けした腕。
遠くから来たのが一目でわかった。
「急すぎるよ。」
「ごめん。でも、顔が見たくなっちゃって。」
彼はそう言って、少し照れたように笑った。
私は思わず、彼の腕にそっと触れた。
私たちは近くの公園を散歩し、カフェでアイスコーヒーを飲んだ。
「やっぱり、関東は暑いな。」
「長野より気温高いかもね。」
他愛もない話。でも、隣に彼がいるだけで、こんなにも心が満たされる。
「今日は帰らずに、近くのホテルに泊まる予定なんだ。」
「そっか……泊まりなら、少し長く一緒にいられるね。」
言いながら、胸の奥がじんわり温かくなった。
夕暮れ時、駅まで一緒に歩いたとき、彼がポツリと言った。
「実はさ、会えない日が続いて、正直つらかったんだ。」
「私も……会いたいの、ずっと我慢してた。」
その言葉に、ふたりで笑って、少し泣きそうになった。
改札の前で手を繋ぎながら、私は思った。
(この人が、何時間もかけて会いに来てくれるくらい、大事に思ってくれてるんだ。)
───大丈夫。距離は、きっと越えられる。
「次は、私が長野に行くね。」
「うん、楽しみにしてる。」
そう言って、電車の中へと消えていった優斗さんの背中を、私はいつまでも見送っていた。
優斗さんが関東に来てくれたその日。私たちは、少しだけ足を延ばして観光することにした。
「せっかく来てくれたんだもんね。どこか、案内したいなって思って。」
「うれしいよ。東京って、来るたびに新鮮だ。」
私が選んだのは、鎌倉だった。都心から少し離れていても、自然があって、お寺や海があって、落ち着いた空気が流れている。彼も、きっと気に入ると思った。
まずは、鶴岡八幡宮へ。
長い参道を並んで歩く。木漏れ日が二人を照らしていた。
「こういう場所、いいな。なんだか、時間がゆっくり流れてる気がする。」
「長野もゆったりしてるけど、鎌倉の時間の流れ方って、また違うよね。」
お参りを済ませて、おみくじを引いた。
「大吉だ!」
「わっ、すごい!私は……中吉。」
「俺の分も分けてあげるよ。」
「じゃあ、ありがたく、半分もらうね。」
冗談を言い合いながら笑い合う。こんな時間が、ただただ愛おしかった。
お昼は小町通りで、しらす丼を食べた。彼は甘いものが好きらしく、デザートにわらび餅アイスも。
「……うまい。しあわせ。」
「そんな顔されると、なんだか私もうれしくなる。」
食後は江ノ電に乗って、海辺へ向かった。
由比ヶ浜の砂浜を、ゆっくり歩いた。潮風が心地よく、彼の横顔が夕日に照らされて、いつもより優しく見えた。
「このまま、時間が止まったらいいのにな。」
彼がぽつりと言ったその言葉に、胸がきゅっとなった。
「……また来ようね。何度でも。」
「うん、絶対に。」
その日、私たちは写真をたくさん撮った。どれも少し照れくさくて、だけど確かに「ふたりの時間」だった。
帰りの電車の中、彼は少し疲れたように肩を私にもたれかけてきた。
「楽しかったな。君と一緒にいると、どこへ行っても、心が満たされる。」
「私も……ずっとこうしていられたらって、思ってた。」
きっと、何度でも会いに行こう。
遠くにいても、この気持ちがある限り、私たちは繋がっていられる。