希美が保育園に通うようになり、私は時短勤務での職場復帰を果たした。
以前とは違う部署で、周囲のメンバーも新しく、仕事の内容も少し変わっていた。
緊張と不安で迎えた初日だったが、働く自分が社会と再び繋がっている実感に、どこかほっとしている自分もいた。
娘を送り、慌ただしく電車に乗り、職場で資料作成や会議に追われる日々。
帰宅後は食事の支度、洗濯、寝かしつけ──。目まぐるしい毎日だった。
それでも、以前のように「無理」をすることはやめた。
優斗も育児や家事を積極的に担ってくれたし、何より「家族」であるという安心感が、私を支えてくれていた。
ある日、体調が優れず、吐き気が続くようになった。
「もしかして……」という予感とともに、妊娠検査薬を手に取った。
陽性反応。
「……もうひとり、来てくれたんだね」
心が、じんわりと温かくなる。
優斗に伝えると、彼は驚いた顔をした後、すぐに笑顔を浮かべた。
「そっか……ありがとう。家族が、また増えるんだね」
職場にも事情を説明し、上司や同僚たちは思った以上に理解を示してくれた。
「無理しすぎないでね」
「サポートするから」という言葉が、胸に染みた。
娘も、赤ちゃんができたことを聞くと、最初はよくわからない様子だったが、お腹に手を当てて「ここにいるの?」と聞いてきた。
「そうだよ。妹か弟か、まだわからないけど、ここで育ってるんだよ」
「ふーん。じゃあ、わたし、おねえちゃんになるんだね!」
嬉しそうにそう言って、私の膝に飛びついてきた。
私は、過去に囚われることなく、今を大切に生きている。
そして、未来に新しい希望を育んでいる。
かつての私が想像もしなかった、「ふつう」の幸せ。
だけど、それは決して“誰かから与えられた”ものではなかった。
傷つきながらも、立ち止まりながらも、私が自分の足で選びとってきた人生。
その延長に、いまの「幸せ」がある。
お腹の中で、新しい命が静かに育ちつつある。
それはまるで、私の決断が、また一つ「実を結んだ」かのようだった。
──復讐とは、過去をなぞることじゃない。
自分の人生を、自分の手で幸福にすることだ。
私は、まだまだ歩いていく。
ゆっくり、確実に──。