第二子の妊娠も安定期に入り、職場では産休準備が少しずつ始まっていた。
希美も「お姉ちゃん」としての自覚が芽生えてきたようで、保育園で作ってきた絵を「赤ちゃんのために」と大切そうに渡してくれる日々が続いていた。
優斗は毎晩、お腹に話しかけては、「早く会いたいな」と笑っていた。
──そんなある日、ポストに一通の手紙が届いた。
見慣れた筆跡だった。
開封するまでもなく、それが母からのものであると、直感的にわかった。
《赤ちゃんができたと聞きました。今度こそ、ちゃんと顔を見せに来なさい。お父さんももういないんだし、私に孫を見せるくらい、当然のことでしょう》
短く、強い言葉が並んでいた。
まるで、命令のように。
優斗にその手紙を見せると、彼はしばらく黙っていたが、静かに言った。
「……どうしたいかは、君が決めていい。でも、俺と娘は、どんな選択でも君の味方だよ」
心が、すっと軽くなるようだった。
昔の私なら、「親だから」「育ててもらったから」と、自分を押し殺してでも母に会いに行ったかもしれない。
でも、いまの私は違う。あの手紙の文面に、ひとつとして「あなたの体調はどう?」という気遣いはなかった。
私は、母の“孫を道具のように扱う態度”に、はっきりと距離を置く決意を固めた。
──私はもう、母の娘である前に、「母親」なのだ。
自分の子どもたちを、過去の繰り返しの中に巻き込むわけにはいかない。
私は手紙を破り、深く息を吸った。
「ありがとう、優斗。私……もう大丈夫」
目を見てそう伝えると、彼はそっと私の肩を抱き寄せてくれた。
「大丈夫、君は強いよ。でも、強くなくたって、俺が守るから」
彼の言葉に、胸が熱くなった。
お腹の子が生まれてくるこの家は、過去の呪縛とは無縁の場所にしたい。
やっと手にした「安心」を、私は絶対に手放さない。
そう、復讐とは──
自分の子どもに、同じ苦しみを味わわせないと誓うこと。
そして、自分が幸せになっていく姿を、かつての自分に見せること。
静かに、しかし力強く、私は「母親」として、次の一歩を踏み出していた。