季節は春へと移り変わり、桜が満開を迎える頃。
私は、第二子となる男の子を無事に出産した。
予定よりも少し早い出産だったが、母子ともに健康。
生まれた瞬間、小さな産声が分娩室に響き渡ったとき、私はただ、泣いた。
優斗はその場に立ち会っていた。
赤ん坊を抱いた彼は、感動で顔をくしゃくしゃにしながら言った。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
希美は、弟の誕生に最初は戸惑いを見せていたものの、お下がりのおもちゃをそっと差し出したり、「赤ちゃん寝てるから静かにしなきゃね」と言ったり、少しずつ「お姉ちゃん」としての役割を楽しみ始めていた。
家の中は、かつてないほどの幸せと、あたたかさに満ちていた。
──けれど、そんな中でも、ふとした瞬間に過去の影が差し込んでくることがあった。
母の声。
過去の言葉。
「女の子なんだから」「甘えるな」「言い訳するな」……。
眠れない夜、赤ん坊の寝息の隣で、そんな記憶が脳裏に浮かぶ。
けれど私は、もう昔の私ではない。
夜中の授乳の合間に、赤ちゃんを抱きながら、私は小さく語りかけた。
「あなたには、好きなことを見つけて、のびのび育ってほしいの。泣きたいときは泣いていい。怖いときは、抱きしめるから。あなたは、あなたのままでいい」
自分の言葉が、自分の心にも届いていた。
それは、まるで過去の「私」に向けた手紙のようだった。
いつしか眠った赤ちゃんの体温が、私を包んでいた。
静かな、夜明け前の時間。
私の「復讐」は、怒りをぶつけることではなかった。
過去の痛みを知っているからこそ、同じ悲しみを生まない未来を築くこと。
それが、私の「答え」だった。
──そして、ようやく私は、心から思えた。
「私は、もう大丈夫」
この子たちの未来に、毒は残さない。
愛と安心と、自由の中で、生きていってもらう。
それが、私が生きる理由であり、陳念さんとの“約束”でもあったのだ。
春の朝。
窓の外では、近所の小学生たちが、ランドセルを背負って通学路を歩いていた。
今日もまた、新しい一日が始まる。
私と、私の家族にとって──希望に満ちた、かけがえのない日々が。