春の終わり、桜の花びらが風に舞う季節。
リビングには、娘が描いた絵が何枚も貼られていた。その中の一枚には、小さな赤ちゃんと、手を繋ぐ自分が描かれている。
「これね、雅紀だよ。わたしが抱っこしてるの」
「そうなんだ〜、上手に描けたね」
「ママに似てるの!」
嬉しそうに笑う希美の姿は、いつの間にかお姉さんらしさをまとっていた。第二子である雅紀が生まれてから、娘は急におしゃまになり、オムツ替えを手伝ってくれたり、泣いている雅紀をあやしたり、頼れる存在になっていた。
雅紀のほうも、毎日少しずつ表情が豊かになり、最近では笑い声をあげるようになった。ふにゃりと笑うその顔は、まるで優斗の小さい頃を見ているようだった。
そして、季節は夏に。
「今年は家族旅行、行こうか」
と優斗が提案した。行き先は、かつて私と優斗が初めて出会った、あの長野だった。
娘は電車の窓から流れる景色に夢中で、時折見える山々や田園に「すごーい!」と声を上げた。雅紀は優斗の抱っこ紐の中で、穏やかに眠っていた。
長野の旅館では、希美が初めて露天風呂に入り、妹は畳の上をコロコロと転がった。
夜、外に出ると、星がこんなにも近くにあるのかと思うほど、空が澄んでいた。
「この景色、覚えてる?出会った日のこと」
と私が尋ねると、優斗は少し照れくさそうに頷いた。
「あの日、声かけてよかった。もし話しかけてなかったら、今の俺はいないかもしれない」
「ううん、私こそ…あの頃の自分に教えてあげたい。未来はちゃんと、明るいって」
私たちの足元には、希美が拾った小さな石が転がっている。妹は小さな手を伸ばして、それを不思議そうに見つめていた。
──家族って、不思議だ。生まれた瞬間から「絆」があるわけじゃない。時間をかけて、丁寧に積み上げて、育てていくものなのかもしれない。
あの日、傷だらけだった私が、ここまで来た。
そして今、こうして四人で笑い合っている。
「また来ようね。家族みんなで、何度でも」
「うん!」
希美の返事と、星空の下に響く雅紀の笑い声が重なり合い、長野の静かな夜に、私たち家族の未来をそっと照らしていた。