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第2話

 私はルチルの言葉に頷いた。せっかくやって来た異世界だ。私の中ではまだ現実感が無さ過ぎて夢の中に居るのと何も変わらないが、何だかぼんやりしているうちに乗っかっておいた方がいい気もする。


 頷いた私を見て、ルチルは笑顔で手を差し出してきた。


「よろしくね、ヒマリ!」

「あ、はい。よろしくお願いします。お姫様」

「嫌だ! ルチルでいいわよ! それじゃ、まずは家を探しに行きましょう!」

「はぁ……え、早速⁉」


 こうして、私の異世界ライフが始まったのだった——。




 ルチルの口車に乗った私は、異世界にやってきてから半月後には自宅つきの店を持った。


 店は城下町まで馬車で30分ほどの場所で、いい具合に田舎。小さな町でとても暮らしやすそうというのが第一印象だった。


 私が選んだ家は店舗の裏がそのまま居住区になっていて、家の割には少し大きめの庭がついている。庭には何故か数本の梅の木があり、その梅の木に懐かしさを覚えた私は、ルチルが言う王都のど真ん中にあった豪華な店を買い取るという提案を辞退してここに決めたのだった。


 あとこの世界のインフラ、そして何故か白物家電は古臭くとも日本と何も変わらなかったのは死ぬほどありがたかった。


 ルチル曰く、便利な物だけが進化したと言っていたが、一体どんな進化をしたのかは全くの謎である。



 異世界にやってきて早一月。どこの世界に居ても毎日は矢のように早く過ぎていく。


 ところで話は変わるのだが『ランプトン少年像』という名画を見た事があるだろうか? 


 超美少年の有名な絵画なのだが、何故唐突にこんな話をしだしたのかと言うと、正にその少年の大人バージョンが目の前に居るからだ! 


 天然パーマなのか、巻き毛とまではいかない程度の濃い茶色の癖っ毛に少しだけ垂れた一見優し気な雰囲気の鳶色の目。スッと通った鼻筋に形の良い唇。なかなか日本に居てはお目に掛かれないタイプの甘いマスクの美青年だが、愛想笑いが凄い。


「えっとー……ルチル、こちらはどちらさまでしょう?」

「この人はトワ。こう見えて王の騎士団の団長なのよ! 美貌の騎士ってこの国では有名なの」

「姫、その紹介は止めて頂いてもよろしいでしょうか?」


 美貌のトワと言うだけあって甘い優し気な声だが、確かに表情はぴくりとも動かない。笑顔なのに、だ。貼りつけたような笑顔は、確かに仏頂面よりも怖い。


「まぁ、ごめんなさい! だって、あなた目が全然笑わないんだもの。たまにはちゃんと笑ってみたら? まぁそんな事をしたら大変そうだけれど」


 そう言ってルチルは含み笑いをする。


 私は全く事情が分からないまま、とりあえず二人にお茶を出した。すると、トワはそれには一切手をつけず、突然淡々と話し出す。


「あなたが異世界から来たという方ですか?」

「え? ええ、まぁ、そうですけど」


 何とも言えない威圧感に思わずたじろぐ。ルチルの言う通り、微笑んでいるのに目が全く笑わない。おまけに人の事を上から下までじろじろと嘗め回すように見て来る。というか、これは品定めだろうか。はっきり言って気分は良くない。


「あなたに一つ、頼みたい事があるのですが」


 少しも人にものを頼む態度ではないが、客は客だ。私はそれを聞いてニコっと笑いかけた。


「失礼しました、お客様でしたか。では、お悩みをどうぞ」


 突然の接客モードに驚いたのか、トワは目を見開き凝視してくる。そんなトワの隣では、ルチルがお茶を噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。


「お客……になるのかどうか分かりませんが、あなたに是非頼みたいのです。その化粧の術を使って、私を二目と見れない顔にしてくれませんか?」


 それを聞いた途端、私はスッと笑顔をひっこめた。


「……残念です。どうやらあなたはお客様ではないようですね。……とっとと帰れ、このすっとこどっこいが! ここはお直しする所だっつってんでしょ! 不細工になりたいなら、その辺の壁にでも顔潰れるまでぶつければ?」


 ぶはっ! 私が言い終えたと同時にルチルがとうとうお茶を噴き出した。


「もう、だから言ったでしょー! ヒマリはあくまで修正してくれるの! 不細工になりたいなんて、ほんっとありえない!」


 大笑いするルチルを他所に、トワはこちらをじっと見て来る。


「何よ?」

「いえ、あなたは外見で他人を判断しないんですね。私にそこまで言う人は初めてかもしれません」

「へー……いや、それ遠まわしに顔自慢なの? 言っとくけど、ここはあんたみたいな人が来るような所じゃないの! 分かったらとっとと帰ってちょうだい!」

「おまけにとんだ二重人格なのですね。驚きました」

「二重人格だなんて失礼な。お客様じゃない人に猫被る必要もないでしょ? もールチル、今日はお休みだからお昼から飲もうと思ってビール買い込んできたのに~」


 休みの日は昼から飲む! これが私の最高のストレス発散方法だ。あの梅の木の下でおつまみ食べながらビールを飲むつもりだったのにとんだ邪魔が入ってしまった。とっとと追い出そう、そうしよう。


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