立ち上がって店のドアを開けた私は、有無を言わさず二人を外に追い出した。そしてガチャリと鍵をかけていそいそと作り置きしておいたおでんとビールを持って庭の梅の木の下に移動すると、そこには既にルチルとトワが居る。
「何でいんのよ!」
「まぁまぁ! ビール飲むんでしょ? 私も飲む飲む!」
「……私は一応、姫の護衛なので」
「……」
何でこうなるんだ。私は大きなため息をついて立ち上がると、鍋に残っていたおでんと買い込んだビールを取りに戻った。
「はい、どーぞ。トワさんもどーぞ!」
庭に戻ってきた私がフンと鼻を鳴らして二人に瓶ビールとグラスを渡すと、トワは少しだけ困ったように眉を下げる。
「ありがとうございます。ですが、私は勤務中なので」
礼儀正しくそう言ってビールを返してきたトワに思わず私は苦笑いを浮かべてしまった。
この人もどうやら由緒正しい社畜のようだ。世界が変わっても、どうやら社畜の身分は変わらないらしい。
「それじゃあ、あなたにはこっちね」
そう言って私はとりあえずお茶をトワに手渡す。トワはまだ困ったような顔をしながらそれを受け取った。きっと普段からルチルに手を焼いているのだろう。分かる。
そんなトワを見てルチルは驚いた顔をした。
「まぁ! トワ、顔動くのね。表情筋が死んでいるのだと思っていたわ!」
「顔の筋肉は動きますよ。お手数をおかけしてすみません」
「いいええ! はい、これおでんね。せっかく昨日から煮込んだのにな。あ、ルチル、あんたこれ食べなさい。大根。最近毎日晩餐会でお酒飲んでるんでしょ? 大根は胃腸の働き良くしてくれるから」
「ありがと~! そうなの! 疲れてるのよ、胃が!」
「じゃあ飲むの止めな。ワインの代わりにぶどうジュースでも飲んでなさいよ」
私が言うと、ルチルはポンと手を打った。
「いいわね、それ。はぁ~あ。舞踏会でもビールが出ればいいのに」
貴族の集まる晩餐会にはビールなどと言う庶民の飲み物は一切出ないらしく、ルチルはここへ来るたびにこうやって私の作ったおつまみを食べてビールを飲んでほろ酔いで帰って行くのだ。もう毎回の事すぎてすっかり慣れてしまった。
たった一ヶ月の付き合いだというのに既に何年も友人だったかのような錯覚に陥るのは、きっと姫とは思えないこの取っ付きやすさなのだろう。
そんなルチルは既におでんの大根にハフハフ言いながら齧りついている。
「……これは……何て言う食べ物です?」
「おでんって言うの。冷蔵庫の中の余りものを処理するのにちょうどいいのよ。はい、これどうぞ」
そう言って私は適当におでんをお皿に乗せてトワに渡した。トワは半信半疑でおでんを見つめていたが、卵を一口食べて目を輝かせている。
「卵はね、たんぱく質が豊富で栄養価も高いから騎士様のあなたにはピッタリ、って聞いてる⁉」
「んん? すみません、聞いてません」
「見りゃわかる! ったく。はぁ~ビールうまぁ~!」
もうなんでもいいや。私はおでんを頬張りながら、昼間っから飲むビールに舌鼓を打っていた。
しばらくすると。
「そりゃね、私だってね! 公務が嫌いな訳じゃないわよ⁉ でもね、やれどこそこの王子が~とか、どこそこのお姫さまは~とか、もういい加減聞き飽きたのよ! コルセットは苦しいし、あの子達、絶対に私をいつかコルセットで締め殺す気なのよ!」
「うんうん、大変だね。頑張ってるよ、ルチルは」
「そうでしょぉぉぉぉ? それなのに誰も褒めてくれないのぉぉぉ!」
「いやいや、皆知ってるよ。おーよしよし。頑張ってるルチルは偉いぞ~。良い子だぞ~」
「えぐえぐ。そうよね⁉ 頑張ってるわよね⁉」
何度も何度も念を押してくるルチルの頭を撫でながらタコを齧る私。そんな私を物凄い顔をして見るトワ。
「あに(なに)?」
「あ、いえ。女性でもそんな、タコなんて齧るんですね」
「齧るわよ。大好きよ。何よ。女子はタコなんて齧らないと思ってたの? ナイフとフォークしか使わないとでも?」
「いえ、そうは思わないけど……俺の周りにはタコを齧る女性は居なかったので」
そんなトワの言葉に私は頷いた。でしょうね。絶対良い所のボンボンだもんね。
おまけにいつの間にかトワの一人称が私から俺になっている上に敬語が中途半端! もしかして酔っているのか? お茶で?
「で、あなたはどうして不細工になりたい訳? 嫌味よ? それ」
「それは分かってるよ。だけど、俺にも事情があるんです」
「分かってんの⁉ さらに嫌味ね。で、事情って? この際だから聞いたげる」
「うん。実は今週末にお見合いをする事になったんだけど、どうもお相手の方はどこかで俺を見かけたらしく、何と言うかこう一方的に……」
そこまで言って言葉を濁したトワの顔を見て全てを察した。なるほど、勝手に言い寄られてて困ってるのか。顔がいいのも大変だ。私はまだタコを齧りながら言った。