「トワさんさ、騎士団に居る時もそんな優し気なの?」
「まさか。この笑顔は姫用です。俺は元々あまり笑うのが得意ではないから」
「なるほど。じゃ、その騎士団長の感じでお見合い行けば? こっちが地です、とか何とか言ってさ。化粧では不細工には出来ないよ。出来てソバカス描いたりクマ作るぐらいだけど、そんなんではどうにもならない程あなたの顔、整いすぎてんのよね。おまけに相手の子は既にあなたの顔、知ってるんでしょ? だったら心底お前に興味ない、ぐらいの態度で居るしかないんじゃない?」
私の言葉にトワはぽん、と手を打つ。
「なるほど。相手の方を敵国の令嬢だと思う事にすればいいのか」
「そうそう、その意気その意気。ていうか、騎士団の団長とかならそれなりの地位なんじゃないの? そんなの断れない訳?」
「それは無理よぉ。だってぇ、トワは既に伯爵家の当主なんだもん。早く跡継ぎ作んなきゃだし、相手は侯爵家のご令嬢じゃ断れないわよぉ。それに、さっきの案いいと思うわぁ。だってトワってヒマリに負けず劣らず二重人格なんだものぉ。世間では美貌の騎士なんて言われてるけどぉ、それこそ戦場では絶対零度の戦場の悪魔って有名なんだからぁ。それに、ほんとに私の前でしか笑わないしねぇ」
「それは姫が笑えと言うからです」
慌てたトワを横目に私は卵に手を伸ばす。
「ふぅん、あなたも大変なんだね。騎士団の団長と家の事、どっちもこなさなきゃなんでしょ? そりゃ顔だけで判断されたらイラっともするわよねぇ。お前、俺の何知ってんだ、って感じ」
そこまで頑張ってる人ならなおさら中身で勝負したい筈だ。
私もその気持ちは痛いほどよく分かるぞ、トワよ!
私の場合は顔が良すぎて困る~なんて事はなかったが、何と言うか職業柄誤解をされる事が多かったのだ。
そろそろ始めなければと思って婚活をしてみたものの、会う人会う人が皆言う。
『美容部員さんって、家でもキチっと綺麗にしてるんだろうな』
なんて。そんな訳あるか! いやもちろんキッチリしてる人はいる。いるとも!
でも私はそうじゃない。仕事だからキチっとしているだけで、家に帰ったら動きやすいスウェットにすぐ着替えるし、お風呂から上がったら髪だって適当にまとめるだけだ。部屋の掃除もするにはするけど、そんな毎日端から端まできっちりなどしない。
だからそういう時は毎度思うのだ。そのイメージから少しでも外れたら、きっと勝手に落胆するんでしょう? と。
そんな人ばかりではない事も分かっているが、そのセリフを言われると、トキメキスイッチは途端にオフになる。
私の言葉がトワにどう突き刺さったのかは分からないが、トワがポツリと言った。
「未だに言われるんです。顔だけで騎士団に入ったんだろう? とか、顔を使って上司をたらしこんだのか? とか、その顔があればどこに行っても余裕だよな、とか。結局、誰も俺自身を見ない」
「まぁ! トワ、そんな事言われているの⁉ どこのどいつに⁉」
「ルチル、あんたが入るとややこしくなるから大根食べて黙ってなさい」
「ふぁい」
「俺は既に伯爵家の当主なんで余計にそう言われるのかもしれないけど、それでも内心腹が立つ事もある訳で。結婚などまだ考えてもいないのに次から次へと舞い込む縁談に、周りも早くしろとせっついてくるし、仕方なくいざ会ってみても何考えてるのか分からないと言われる。では、どうすればいいというのか⁉」
ガシャン。トワが持っていたお茶のコップを握りつぶす。トワ自身も相当驚いたようで、顔面蒼白になりながら急いでガラス片を集めている。
「す、すみません! つい勢い余って……弁償します」
相当うっ憤が溜まってたんだなぁ。コップを素手で割るなんて相当だ。かわいそ……。ほら、おでん食べな。
「弁償なんていらないわよ。そんな事より、はいどうぞ。イライラするあなたには厚揚げ、鶏むね肉、春菊ね」
「あ、どうも」
次から次へと放り込まれたおでんをチビチビ食べながら、トワは少しスッキリしたのかフゥ、と小さなため息を落とした。
「まぁ、そんな訳でこの顔でなければこんな事にはならなかったのかなと思った次第でして」
「なるほどね。モテる男は大変だ。いいじゃない、そのままで。いつかトワさんの中見ごと好きだって言ってくれる人、絶対出て来るよ」
そう言って私はビールをトワのおでんのお皿にぶつけて笑った。
「結婚なんてねぇ! 出来なきゃ出来ないでいいのよ! 何にでもタイミングってもんがあんの! お見合いなんて……婚活なんて糞くらえだ!」
思わず意気込んだ私にルチルも激しく同意してくる。
「全く以てその通りよ! 急いで結婚してもし失敗したらどうするの⁉」
「そうだよ! 一生添い遂げる相手ぐらい、見極めさせろー!」
「そうだそうだー!」
わはははは! と笑いあう私とルチルをトワは目を丸くして見ているが、その首はしっかりと頷いていた。